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6 黄金十一枚

2010/10/17

 今迄宮崎氏は泉氏が生前通過したと称する博多附近の地理に就きて根堀り葉堀り問いただして居りましたが、爰に至りて、話頭を転じて、一層肝腎な所持品の問題に移りました。

宮崎。御切腹の砌御所持の品は大小ばかりにて、外には何物もなかりしか。

幽魂。一枚の茣蓙ありしが、外にはさしたるものなかりし。

山本。旅中の用金等も定めて有りしなるべし。

 かく言われて幽魂は暫く考えて居ましたが――

幽魂。イヤさしたる物もありませなんだ……。

 そうは答えましたが、何やら意味ありげに見えました。

宮崎。前の御話によりて、御切腹の時に所持されし御刀は拙者方の所蔵なる事は知れたるが、御指添は今何所にありや。それとも早く錆び腐りたるにや。

幽魂。されば死後顕界の事はなかなか明かに知り難きものにて、ただ魂を凝らしし事のみ知らるるものなるは、既に述べたる所の如し。今貴家に伝わる御剣は、われ父母の教訓を破り、私かに取り出でて旅中に帯したるものにて、父だに家に遺し置きたる程の大切なる一振なれば、申すまでもなく余は絶えず之に心を注ぎたり。も切腹の際はホンの暫時の間打忘れて居たりしも霊魂となりては愈々其刀の慕わしく余は幽界より其所在をつきとめ置きたり。貴所の所有となる前には、此所より南に当る、島の如き山の尾に一叢ある家の内の一軒に所蔵されたり。指添の方は高金のものなれど、わが為めにはさしたるものにあらざれば、露ほども心に係りませなんだ。されば今何所にあるかも知りませぬ

山本。旅中の手荷物、又路用の金子なども少しは所持されしならむ。

 と側から更に問いつめに係りました。

吉富。旅宿もあり、渡しもあれば、路用の金子も無くては叶わぬ筈なり。

宮崎。只今両人の申す如く、金子なども定めて所持せられしならむ。

幽魂。それは申したむなき旨も厶る。

山本。霊魂となりては金子の事は卑しきものと思われて、然か云わるるや。

幽魂。左様の次第では厶らぬ。

宮崎。所持された金子の員数は覚え居らるるや。

幽魂。国を出る時黄金十一枚所持せしが、六年の内に半ば使いて、切腹の時半額は所持し居たり。

 かく述べて険しい眼光で家の中を見まわしましたが、再び思いかえした様に『ああ惑えり』と言って、元の穏かな顔になって言葉をつづけました。

幽魂。すでにかく吾を神霊として祀り下さる上は、仮令以前われに対して無法の所為ありとて、今更何を怨みとせむ。過ぎつる事を繰りかえすは武士たるものの為まじき業なり。大刀だに貴家に伝え下らば、われに取りてこの上の悦びはなし。又当家の者も、吾を神として、怠らず祭りくれなば、つとめて家運守護の任に当るべし。

吉富。貴殿すでに神霊となられし上は、何事にても祈願の旨をきき届けくださるや。

幽魂。イヤ衆民が丹誠を凝らしての祈願を成就せしめ玉うは朝廷より重く御祭祀あらせらるる神々の成就せしめ玉う所にして、我等如き凡霊の与るべき事にあらず。四時の順逆五穀の成熟万民の安楽等の大事の成就するには量り難き深淵なる道理のあるものにて、世に吉事と凶事とのある条理は、今卿達に述べたりとて耳には得入らざるべし。されば今後若し我に向って祈願をささぐる者あらば、必らず差し止めてくだされよ。今迄故ありて当家に崇りたる罪深き身の、神と祀られしばかりに、その報いとして当家を守護するまでの拙き霊なれば、広く世の人を救わんことなどは思いも寄らず。


浅野和三郎著

底本:「心霊文庫第3篇 続幽魂問答(付録 長南年惠物語)」 

心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月20日発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。