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2 火災の予知

2010/10/13

 家内の人々は又々大騒ぎを始め、ドーなる事かと気が気でありません。仕方がないので、主人傳四郎、作次郎、及び杜氏の三人来りて市治郎の前に座を占めますと、幽魂が市治郎の口を借りて語り出でました。

幽魂。当家此度の火難は七八日以前より其兆現われ、幽界の方にはよく知れ亘りたり。故に度々その兆を示して知らしめむとしたれど、一人も之を悟らず。その中火災の兆候はますます盛なるを以て、急に守護せむとすれど我魂を寄する所無きを以て、又々市治郎が体に憑き、今日火災の起る少し前より念力を凝らして漸くに消しとめたり。先日我等市治郎の体を借りて、いろいろ幽冥の秘事を説き聞かせたれば、少しは其道理を悟りたるかと思えるに、毫もさる事なく、却って幽規を犯して変を招げり。ず従来用いし大恩ある竈を不法にも打崩して取捨てたる上に夏の頃より積み置きし不浄の土をも忌まずそれを用いて新竈を築き浄めの式をも行わずして火を焚くとは余りに不法なり。世に水火ほど清浄のものはなし。特に井水と竈の火とは最も浄らかなるものにて甚だ貴く、殊に酒造家は火と水とを用ゆる事他に数十倍す。何を以て其恩に酬ゆるぞや。なべて神霊は清きを愛す之に従うは人たるの務めなり。然るに不浄の土を以て竈を築くはこれ人自ら災を招くものにして、神明のそを下すにはあらざるなり。知らざる事は是非もなけれど、既に土に不浄の入りたるを知りつつ之を用いたるは不届なり。曩の日わが誨え置きしにも係らず今斯くの如し。これ下世話の所謂喉元過ぎて熱さを忘るる類ならずや。凡そ火災洪水の類は即座に来るものにあらず。幽の方に然るべき理ありて顕に起るなり其事の原理は我が如き凡霊のよく窺知し得る限りにあらねど火災起らんとする兆ある時は予じめ之を知る事を得くも古法に由りて竈を浄め置けば縦令火難起るの時来るとも時運の荒びに誘わるることなし。この旨よくよく勘弁して向後を慎み、家運の長久を図るべし。

 と厳かに教えました。其問答の間、宮崎氏は鎮火祭執行中であったので席に居らず、後で聞いて記し置いたということです。そうする中に山本氏が使者となり、宮崎氏等を呼びに来たので、病室に行って見ると、家族は固より親族等悉く集まり、医師山崎玄明、三木道林などという人達も来会して居ました。

 宮崎、山本の三人が正服にて着座しますと、病人も坐り直しました。双方とも暫時無言のまま睨み合って居ましたが、やがて吉富医師進みて宮崎氏に向い、『市治郎の只今の有様は有り触れたる世の常の病気とは思われず、必らず憑依物ならむ。されど泉氏の霊にてはなかるべきか。そは泉氏の霊魂は再び人を悩まさずとの誓書を貴殿に差し入れてあるからであります。と申して、われわれの見る所にては、ドーやら泉氏の霊のようにも見ゆ。この辺篤と御糺しありたし』と申しました。宮崎、山本の二氏が口を揃えて『その儀いかにも尤なり』と申しますと同時に、病人は『御免』と言いさま、前にて結びし帯を後ろに廻わし、右の両人に一礼したので,両人も之に答礼しました。それから直に問答が始まりました。

幽魂。それがしは先月二十四日の朝、当家の一子市治郎が体を離れたる泉の霊魂で厶る。

山本。何故にかく再び帰り来られしか。

宮崎。先月当方に差入れたる誓文の手前もあるに……。

山本。武士に二言なしと承りたるに、かくては甚だしき食言ならずや。

 二人は気色ばんでかわるがわる詰問しました。

幽魂。イヤ其義は先刻当家の主人と吉富氏とに申したり。七日前より当家に火難の兆あるにより坐視するに忍びず、先日来当家の東西を徘徊して其兆を示せども、一人として之を悟り得るものなし。見るに見兼ねて已むことを得ず、復も市治郎の病後の体を借りて火難を救えり。先夜吾れ当家を守護して、七ヶ年の先に吉事を見せむと約し乍ら、今却って火災ありては、之が為めに建碑の約束も破棄さるるは必定なり。かるが故に今度来れるは万止むを得ざるものにて、以前の如く人体を悩まさむ為めにあらず。何卒此意を諒察されよ。

 と言い、更に語をつぎ

 今迄数百年の間墓所にのみ居りたれど、先般尊き神法に預かり、且つ神号を蒙り、正に帰することを得たれば、その後は墓に帰るも穢わしくてエイレマセヌ

山本。エイレマセヌとは如何なる義か。墓地に何者かが居て入り難しということか。

 と不審を打ちますと、たまたま列坐の一人桝屋善吉は曾て加賀の国に行ったことがありますので進み出でて、『上方でエイレマセヌとは入れぬことです』と通弁しました。

幽魂。そうさ、むさくて入る事が得出来ぬさ。

 と投げるが如く言って更に語をつぎました。

 さて各々に申入れたき儀あり。先月二十四日吾等当家を立退く時、公辺に願いて許しの出るまで、三年にても四年にても待つべき旨を約束したるが、いよいよ幽界に帰りて見ればわが霊位何時の間にか昇格して墓所は勿論その他すべて穢れたる場所が厭になり止むなく樹上などに居ることもあり希くば早く寸尺の浄地なりと与え玉え然らざればただただ旅心地して安き心地もせぬなり

宮崎。その儀ならば霊璽を新調して参らすべし。石碑落成までそれに鎮まり居られよ。上古には刀又櫛を霊代とする例もあるが、何ぞ其許に注文はなきや。

幽魂。兎も角も御法通りに為し玉え。其法に従いて遷り申さむ。

山本。白木の箱の中に霊璽を置きて魂を鎮むる法あるも、盛んなる霊は太かるべければ、小さき箱にては如何あらむか。八寸の箱にて宜しきか。

幽魂。イヤ其法に隨う時は一寸の箱にも鎮まり得らるるなり

 そう言われて両人も成程と首肯したのでした。


浅野和三郎著

底本:「心霊文庫第3篇 続幽魂問答(付録 長南年惠物語)」 

心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月20日発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。