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9 暫時一睡

2010/10/08

 幽魂は自分の鎮まるべき石碑建設の場所の選定に就きて大変気を揉みまして、『国法もあることなれば、公辺の煩いを掛けることは不本意ながら、相叶う儀ならば、成るべく清浄なる社地に鎮まりたし』というのでした。其処で一同評議の上で当地の社家山本參河という人を呼びにやることになりました。其時吉富医師は気をきかせて幽魂に向い『斯く長らくの問答に退屈もあるべし。暫時休息ありては如何』と申しますと、幽魂もそれに賛成して、『我は宿望の叶う折なれば憩うに及ばねど、市治郎が体は長らく悩ましたれば、長座は宜しからず、社職の来るまで暫らく同人に一睡させたし。さらば御免』と申しまして、一礼して自から夜具を引きかつぎて熟睡しました。

 同人の寝たる間は全くの大病人で、威風堂々たる泉熊太郎の幽魂ではなく、ただの市治郎に成り切って了いました。暫くすると山本參河氏は浄衣に縞の袴を穿きて来着し、病人の上座に着きました。宮崎氏は傳四郎と共に前宵よりの概略を物語り、社地に鎮まり度き由云々の事を申しましたが、何にしろ山本參河氏に取りては寝耳に水の話ですから、しばらくの間茫然として兎角の返事も出来ませんでした。宮崎氏は山本氏に向い『貴殿の御不審は尤もなれど、拙者の査べによれば、これが正しく一人の武士の幽魂なることは最早一点の疑なし。それ故建碑の儀も承諾致したり。但し山本氏をはじめ、一座の方々に聊かなりとも疑いあらば腑に落ちるまで直接幽魂に問われて然るべし』と申しますと、満座の人々は異口同音に『誠に恐れ入ったる幽魂なり。一点の疑点なし』と申しました。

 ただ数十人の中で尚お不審の個所を有って居るのは例の看病人の長吉でした。右の不審というは、

一、武士たる者の幽魂ならば何故に其父の所に到らざるか。

二、武士たる者の幽魂ならば何故に二十二日の夕一旦其遺骨の埋もりし地に帰り乍ら、再び市治郎の肉体に帰り来れるか。

三、其の際山の芋を食い、又一日間握り飯に塩の付きたるを食わざりしは何故か。

の三ヶ条で、これは是非問いつめてくださいと宮崎氏に迫るのでした。宮崎氏は『成る程尤もの問である。左様の事は知らざりし故打棄て置きたれど、今度は改めて問うべし』と答えました。その中病人は眼を覚ましたが、忽ち元の通り威風凛々として起き上り『先刻迎いに行きたる社職は来られしや』と問いました。『其所に見えられて居ります』と座に居合わせたる一人が答えますと、チラと山本氏を見やりたるまましばらく無言、山本氏も兎角の言葉は出ませんでした。

 間もなく宮崎氏の開口をきっかけに問答が再開されました。


浅野和三郎著

底本:「心霊文庫第2篇 幽魂問答」 

心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月20日発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。