1 奇蹟の発端

『私の郷里は山形県西田郡鶴岡町であります。私は明治元年生れの本年が五十六歳(大正十二年)姉の年惠は丁度十歳の年上でした。この姉に破天荒の奇蹟的事実が起るようになりましたのは、明治二十五年から同四十年に至る前後十五年間の事であります。』

 長南氏は蒲団の上に跪坐したまま、時々眼をつぶって、遠い過去の光景を追懐しつつ物語りをすすめるのでした。――

『私は元来早く郷里を出て居りましたから、姉と同居した小供の時の事をよくは記憶して居りませぬ。ただ姉が人並外れて寡黙の性質であったこと、母や長上に対して極めて従順で、未だ曾てその命令に背くようなことの無かったこと、体質が優れて強健であったこと、それから無慾も無慾、殆んど愚物に近いほど無慾で、人が欲しいといえば、羽織でも簪でも、さッさと呉れて了って惜まなかったこと、位を夢のように覚えて居るだけです。私の姉に対する正確なる智識は明治二十五年の帰郷を境界として始ります。

『当時私は在京中でした。たまたま祖母が、東京で歿しましたので、私は其遺骨を奉じて郷里鶴岡町に帰る事に成りました。父は私の幼時に歿しまして、当時郷里の生家には母と姉とが二人で寂びしく不在を守って居ました。私が姉に就いて初めて不思議な話を母からきかされましたのはその時の事であります。年惠にも困ったものだと、母は涙ながらに私に向いかき口説くのでした。今年三十五歳にもなるのに、年惠はまだ経水もなく、身体は大人でも気分はまるで十三四の小娘そっくり、しかも近頃は煮たり焼いたりしたものは一切食べず、ホンの少量の生水と生の甘薯とを食べるばかり……、そして家の内には時々不思議が起る……。何事もないのに家鳴り振動したり、又神様から品物を授かったり……。この先きどうなる事かと、心配でならない……。

『当時私は二十五歳の血気の青年で、一と通り浮世の波にも揉まれ、又学問の端くれも囓って居りましたから、母の話をききましても先ず半信半疑で、私は、まあ阿母さん、心配なさいますな。あるべきものがないというなら姉さんは一生独身で暮らしさえすりャ可いじゃありませんか。――斯んな気休めを申しまして、其場を繕って置きましたが、しかしつらつら姉の様子を見ると、母の心配されるのも成程無理はないと思わるる節々がないではありませんでした。第一驚かるるのは姉の容貌の若々しさ。三十五歳の老嬢のくせにドー見ましても十五か十六の小娘の顔なのです。――イヤ姉の顔の若い事に就きましては、私も飛んだ迷惑を受けて居ります。姉が私の宅に同居して居たのは、四十二三の時分でしたが、余り若く見えるので、私の友達どもが長南は怪しからん奴だ! 近頃若い妾を引っ張り込んで居る。――そう言って私を攻撃したものです。』――

 斯く述べて長南氏はカラカラと打笑いました。私も覚えず筆をさし置いて共に笑いながら、

『時にその貴下の姉さんのお写真はお手許にありませんか。若しお在りなら拝借したいものですが……』

『ある事は一枚在ります。しかし丸出しの田舎者が、田舎の写真屋で撮ったものですから、実物よりは大変老けて見えます。』

 斯く述べて長南氏は夫人を呼んで一枚の手札形の写真を出して見せてくれましたが、成ほど二十代としか見られない、体格の良い田舎婦人が写っていました。


浅野和三郎著

底本:「心霊文庫第3篇 続幽魂問答(付録 長南年惠物語)」

心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月20日発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。