(6) 直接談話現象

 直接談話現象というのは、死者の霊魂の口を借りずに、直接空中から音声を発して談話を交換する現象で、英米二国に於て熾んに行われ、伊太利にも最近発生しました。まだ不慣れの霊魂が喋る時には音声が低いので、そんな場合によく拡声用の喇叭を用ゆるところから、そうした霊媒を喇叭霊媒などとも呼びます。

 直接談話の霊媒は稀に入神状態に入るのもありますが、多くは普通の覚醒状態に於て、他の立会人達と共に出現せる霊魂達と問答します。又実験中は普通暗闇にしますが、赤光線下でも起ります。ただ暗闇よりは音声が遥かに低いようです。

 直接談話の内容装置はまだ不明のところもありますが、それが一の物質化現象であることは疑われません。即ち例のエクトプラズムを以て臨時に適当なる発声機関及び喇叭を操縦する為めの運搬機関を作成するのでしょう。その必然の結果として成るべく暗闇を要します。燐光性の帯を喇叭に余計附け過ぎても霊媒の方で不便を感ずるようです。

 直接談話に対して一番向けらるる難癖はそれが一の腹話術だという事です。しかし之を打破すべきべき実験はすでに屡々繰り返され、殊に一九一八年ロンドンのウァレエス博士はスーザンナ・ハリスに対して徹底的実験を遂げました。博士はある薬品を加味せる液体を霊媒並に研究者の一人にくくませ、実験後その中に溶解せる唾液の分量を比較しました。その他霊媒の口を絆創膏で塞いだり、霊媒と霊魂とをして交話せしめたり、有りとあらゆる用意を以て実験を行ったにも係らず、依然としてこの現象は起りました。この現象の確実性は最早疑うべき余地がなくなりました。

 現在直接談話の霊媒として有名なのはリイド夫人、バリアンタインハリス夫人、クランドン夫人、ジョンソン夫人、ウッドワァース夫人等済々多士であります。私は昭和三年欧米心霊行脚を試みた際に、前記のバリアンタイン、ハリス夫人、クランドン夫人、ウッドワァース夫人其他数人に就きて実験を試みましたが、あらゆる心霊現象の中でこの直接談話から恐らく一番多大の印象を与えられたかと思います。通例立会人と何等かの縁故ある霊魂達がかわるがわる室内に現われ、各自特有の音声、特有の語調で、いろいろの国語を自由自在に操り、極度に現実味に富んで居りますから、とても詐術だとか、潜在意識だとか、腹話術だとか言って済ましている訳には行かなく感じました。現在ロンドンで知名の文士であり、又紳商であるブラッドレー氏なども前年米国の名霊媒バリアンタインを通じて、亡姉のアンニィと直接談話を試みたことによりて初めて死後に於ける個性の存続を知り、それがよほど心魂に徹したものと見え爾来極度に熱心なる心霊家となり、幾度も自費を抛ってはるばる米国からバリアンタインをドリンコートの自邸に招き、英国第一流の文士、俳優、政治家、軍人その他をして連続的に実験に立会わせました。ですからロンドンの在住者で少しく気のきいたものは大抵直接談話現象のお順染であります。

 此等の実験記事は『ウイズドム・オフ・ゼ・ゴッヅ』『トワーズ・ゼ・スタァース』の二巻となりて広く世間に流布して居ります。その中から日本人に取りて特に興味深き個所を抄出します。一九二五年三月十日夜の実験に出席したのはデンマーク公使夫人その他の歴々の外に、日本の英詩人としてロンドンで有名な駒井権之助氏が加わって居ました。ピープル紙の主筆ハンネン・スゥアッファー氏も居りました。ブ氏の報告記事には斯う書いてあります。――

 ……やがてノースクリッフ卿の霊魂が現われてスゥアッファー氏と談話を交えた。ノ卿は又駒井氏とも物語った。ノ卿は生前駒井氏と親交があり、その文学的天才に対して非常に尊敬を払っていたのである。

 と、不意に一つの声が日本語で駒井氏に話しかけた。最初は甚だ不鮮明であった。そしてその何人であるかは遂に突きとめることが能きなかったが、駒井氏の説明によれば右の声はある日本の人名と地名とを挙げ、自分は切腹した者の霊魂であると述べたそうである。駒井氏にはそれが何人であるかの大概の見当丈はついているとのことであった。

 むろんわれわれの他の何人も日本語を知っているものはなかったが、デンマーク公使夫人の証言によれば、右の霊魂の用語が日本語であることは確かであるとの事であった。次いで一つの音声が公使夫人に話しかけ、夫人はデンマーク語でそれに答えた。すると右の声は『どうかロシア語で話してください』と言い、自分は夫人の兄のオスカァである旨を告げた。二人はしばらくの間ロシア語で対話した……。

一九二五年三月十八日の晩のブ氏邸に於ける実験には一層面白い顔触れが揃いました。即ちコナン・ドイル夫妻、シェヴァリァー夫人、スゥアッファー氏、駒井権之助氏、その他でした。最初出現したのは例によりて霊媒の守護霊達で、かわるがわる座客と談話を交換しました。つづいてシェヴァリァー夫人の亡夫が現われて、夫人と長い間問答を試み、その特有の音調といい、又その問答の内容といい、到底他人に真似のできないところがありました。その次ぎにコナン・ドイルの息キングスレー(欧州大戦で戦死)が現われて地上の父母と情味たっぷりの物語りをしました。

 が、当夜の出来事中最大の劇的事件は、日本語で駒井氏に話しかけたものがあったことでした。例の光帯を附けてある喇叭が独り手に急に動き出し、最初は力が弱くて二度ばかり床上に落ちたが、最後に右の喇叭が駒井氏の顔のすぐ前に接近して『ゴンノスケ! ゴンノスケ!』と呼びかけました。最初の音量はやや不充分であったが、漸次勢力を増し、やがて『オホタニ』と名告りました。駒井氏は直ちにそれが何人の霊魂であるかを確認することができました。他にあらず大谷というのは数年前に死んだ同氏の実兄だったのです。

 幽明所を異にせる兄弟の間には日本語で対話が行われ、大谷さんは自分の子供達のことを駒井氏に依んだということです。私は一九二八年秋、ロンドン滞在中一日駒井氏を訪問し、半日ほど閑談しましたが、その際私達の間にはもちろん、右の実験に関する談話が交換されました。駒井さんはブ氏の書中に書いてあることが全部事実に相違ない旨を証言し『誠に不思議なことができるものです』と言って居ました。

 私の実験した直接談話現象の中では昭和三年十一月十七日の夜ボストンのクランドン博士邸で行ったものが特に私の心に強く印象づけられて居ります。何しろその時直接談話の二大霊媒たるクランドン夫人とバリアンタインとが一室に控え、両人協力して実験を行ったのですから、その成績の優秀なのは蓋し当然の話で、恐らく斯んな機会はめッたに二度と掴めないかも知れません。当時の私の手帳から要点を抄出します。――

 十七日午後八時三十分一同実験室に入りて着席、クランドン夫人は正面の小卓子を前にして坐り、その左側にはバリアンタインそれから浅野、ロージャース博士(ハアヴァート、スミス大学の心理学教授)キアノン判事、同夫人、ジョンソン博士、クランドン博士等の順席で卓子を囲んで坐る。列外にも数人加わる。赤灯に変るや否や守護霊のウォルタアの口笛先ず空中に起る。霊媒の口辺から約三呎乃至四呎の距離にある。つづいて『ハアロー!』とやや錆のある元気の良い、青年らしい声で呼びかける。列席者の大部分は懇意な人間に対すると全然同一気分でウォルタアと挨拶を交換する。私は初対面なので多少丁寧に『ウォルタアさん、お目にかかるのは今晩初めてですが、雑誌や書物の上であなたの事はよく存じて居ます。私の為めに実験に応じてくだすって誠に有難う存じます……』『イヤ、アサノさん、よくお出掛けくださいました。今晩は日本人の霊魂も数人ここに現われることになっています……。』まるで生きたアメリカの青年と問答するのと少しも変らない。ウォルタアが斯く活動している間にいつしか霊媒のクランドン夫人は深き入神状態に入り軽き鼾がきこえる。バリアンタインは平常の通り談笑自在、その中バリアンタインの守護霊達もすてきに大きな声で室中から呶鳴り出す。『日本人の霊魂達が近づきつつあります』などという。

 要するに守護霊達は直接談話で自由自在に列席者達と問答し、実験に関する注意を与えたり時には冗談なども言うのであります。殊にウォルタアの霊魂は機智縦横と言った形で、ちょいちょい警句を吐いてわれわれを笑わせた。

 日本人の霊魂が喇叭を通じて話しかけたのは他のいろいろの実験が済んでからで、多分九時半頃でもあったろう。卓子の傍に床上に置いてあったアルミの喇叭がいつしか独り手に空中に舞い上り、先ず軽く私の肩に二三回触れた。これは私に対する挨拶なのである。私は早速日本語で『何誰ですか?』と質問すると、最初は喇叭を通じて発せらるる返答がいかにも低声で且つ不明瞭であったが、しかし数回問い返した結果『ワタクシ……オサナミです……オホサカ……(この辺不明)アリガトウ……サヨナラ……』という言葉丈けは立派にききとれた。つまり大阪の故長南雄吉氏の霊魂が私に向って試みた霊界通信であることに疑惑の余地はないが、前記の数語の外他の日本語がよくききとれなかったのは残念であった……。

 因みに右の長南雄吉という人は大阪の実業家で茶臼山の附近に住んで居ました。その実姉の長南年惠という人が近代日本が生める最もすぐれた霊媒だったものですから、私は大正十二年の春わざわざ同氏を茶臼山の閑居に訪ねて其経歴をきいたことがあります。その後両三年にして長南氏は鬼籍に入り、再び地上で面会の機会がなかったのでした。同氏の霊魂がわざわざボストンの空に現われたのは私が海外でしきりに年惠女の霊媒能力を紹介したことに対する感謝の意味だったと推察されます。

 翌十八日の晩には、私は更に直接談話現象その物に対する最も厳正なる実験を行いました。即ち空中に聞ゆる声音が、全然霊媒の発声機関を使用せざる、独立的存在であることの試験であります。立会人は十七日の晩と同様でした。手帳から抜萃します。――

 ……クランドン夫人は例の口枷を附ける。それはガラス製のもので、ゴム管でU状試験管に連絡し、少しでも発声すれば直ちに試験管の液体に影響する巧妙なる装置である。実験に先立ち余及びロージャース博士が再三右の口枷を試みたが、到底試験管の液体に影響せずに発声し得ぬことを確めた。間もなくウォルタアの声が空中に起る。余が日本語で『一、二、三』と唱えると、ウォルタアの声が『イチ、ニ、サン』と唱え、順次『四、五、六』『七、八、九』等を試みる。夫人の口には立派に口枷が附いているに係らず、ウォルタアの声は何の影響も受けずに平気で空中に聞える。その声音が一の独立的存在物であることがこれで徹底的に証明された訳である……。


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


資料提供: 思抱学人

入力: いさお

2008年5月20日公開


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「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
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 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。