(4) 心霊写真現象

 近代心霊研究と写真術とはなかなか密接な関係を有って居ります。何となれば写真の乾板というものが人間の肉眼よりは遥かに感受性に富んでいるので、肉眼でドーにもしようの無い隠微な心霊現象がともすれば首尾よくレンズの中に収められるからであります。現に日本でも、写真術の知識応用が西洋より遥かに遅れているにも係らず、相当古くから幽霊写真だの、念写だのということが行われて居ります。

 心霊写真の元祖と言ったら北米ボストンのマムラアという人を挙ぐべきでしょう。時代は実に一八六一年(文久六年)の昔に遡ります。むろん最初はホンの不用意のもので、この人が写真を撮って見たら、たまたま死者の姿が現われて居たというまでであります。それから乗気になって専門の心霊写真師を以て任ずることになりましたが、当時一般世人からはもちろん疑惑の眼を以て迎えられ、一度は詐術の件を以て裁判沙汰にまでなったこともありました。

 一体心霊写真は若しそれが真物なら非常に面白いものであると同時に他方に於てその摸造が容易に行われ易いという弱点を有っています。二重写しをしたり、陽画を暗箱内に隠したり、その他いろいろの方法で真物以上に巧妙な偽物がいくらでも製作されます。故に真の心霊写真を獲ようとするなら、器械も乾板も自分のものを用ゆるとか、現像を自分の手で行うとか、極度に警戒を要します。

 マムラアに亜いで現われた写真霊媒は英米其他に沢山あります。ハドソン、パーク、リイヴス、ブルスネル、フーパー、ウィリイ、マアテン、ホープ、ディーン等、到底すべてを列挙する訳に参りません。詳しい事はコーツ博士の『死者の写真
ォトグラフィング、ザ、インヴィジブル』でも御参照を願います。

 私自身は昭和三年八月十九日久米博士(民之助)父子三人と一緒に英国クルューのホープ氏を尋ね、其所で実験を致しました。何と言っても現在世界で一番傑出せる心霊写真家は右のホープ氏で、其共同者たるバックストン夫人と共にクルュー市に居住して居ますので一般に『クルュー団』という名称で通って居ます。ホープ氏は元は木工だそうですが、今から二十余年前にこの不思議な能力、即ち与えられたる乾板の上に、非現実の人物(通例死者生時の姿)又は物体を現出せしむる能力を偶然にも発見したのでした。爾来彼はあらゆる種類の専門家から徹底的の試練を受け、立派に之を切抜けて来たのですから先ず折紙つきの心霊写真家と謂わねばなりますまい。年輩は凡そ六十前後で、がッしりした体格の所有者です。左に私の実験した実況を簡単に述べて見ましょう。

 先ず私達はクルューに出掛ける前にロンドンで二打の乾板を買い求め、封のまま携帯しました。クルューの停車場から私達は自動車で遠くもあらぬ彼の住居にかけつけましたが、それは二階建の頗る御粗末な建物でした。入口で私達を迎えたのはバックストン夫人で、少し遅れてホープ氏が入って来ました。挨拶もそこそこに来意を述べると、ホープ氏は極めて気軽に承諾の旨をのべ、私達の持参した乾板全部を封のまま卓上に置き、われわれ総計五人でその包みの上に手を載せました。これが彼等の所謂乾板の磁化作用と称するものであります。その時間はやっと五分間許で、その間ホープ氏は瞑目して祈祷の文句らしいものを低声で述べました。それが済むと私と久米さんの子息(平八郎氏)とが代るがわる暗室へ入って、持参の乾板二枚づつを取框にはめました。その際私達は掏替を防ぐべく鉛筆で乾板のフィルムに目印を附けて置きました。

 いよいよ撮影の段取になったが、ホープ氏のヤリ方は一向ムキ出しの無雑作きわまるもので、普通の撮影と同じく、適当に私達をして坐席を占めさせ、適当に焦点を合わせ、ギューツとゴム球を押しただけのことで、其際普通のヤリ方と異なる点はといえば、ゴム球を握ったホープ氏が軽く暗箱の外部に片手をかけ、黙祷のような動作をした位のものでした。

 撮影後私達は自分で取框を携えて再び暗室に入り、自分で薬品をぶつかけて現像を行い、少しもホープ氏には手を触れさせなかった。かくて出来上った原版を手に取りて光線にすかして見た時に、久米氏の分にも、又私のにも共に日本婦人の顔が相当鮮明に現われているのを発見した。久米氏の写真に現われた年若い婦人の顔は同氏の令嬢であり、又私のに現われた中年の婦人の顔は私の近親の人に似て居ました。

 ホープ氏の心霊写真の撮影法は右の如く簡単極まるもので少々飽気なく感ずる位ですが、その裏面の意義は頗る深長であります。之に向って詐術説の闖入すべき余地のなきは勿論、潜在観念説だの、思想伝達説だのを以てしてもドーも解釈のつかぬ所があります。ホープ氏と私達とは初対面の間柄であるから彼が二人の日本婦人に対して何等かの予備知識を有っている筈がない。又久米氏も私も共に乾板に現われた婦人を思念して居た訳でないから、われわれの思想が彼の頭脳に伝達さるる筈もない。かく煎じつめると結局霊魂説を持ち出す外に説明はつかなくなりそうです

 心霊写真に現わるるものの大部分は死者生前の姿でありますが、稀には生前そっくりの筆蹟で死者からの通信文が現われる場合であります。時には又生霊の現われる場合もないではなく、現に久米博士の令嬢の場合はそれなのでした。

 ある種の心霊写真は又レンズ無しで出来ます。これはホープ氏も稀に行い、又フーパーなども屡々試みました。日本の三田光一氏などにもそうした実験が多いようです。其所で一部の研究者の間に例の念写説が唱導されますが、これには大分無理があるようです。若しもわれわれの思念が丁度光線のように乾板のフィルムの上に作用するというなら、すべての乾板に万遍なく感光する訳です。所が、実際は決してそうでなく、包装せる一打の乾板の第三枚目とか第五枚目とか、特殊の乾板にのみ心霊像が現われ、他の乾板は無感光のまま残るのであります。念写説はこれで破れます。矢張り心霊写真の裏面には個性を有する特殊の霊魂が控えて居て適当な方法を講ずるのでありましょう。但しそれがいかなる方法であるかはまだ人間の技術、人間の科学では判って居りません。今後学界の興味ある研究題目であります。


底本:「心霊文庫第一篇 心霊研究之栞」 

著者: 浅野和三郎

発行:心霊科学研究会

1930(昭和5)年06月10日初版

1936(昭和11)年11月1日5版

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ PHPファイル化に際して、底本のルビを取り除き、底本中のゴシック表記を斜線表記、傍点表記を下線表記に、白丸傍点表記を強調表記に置き換えました。

※ ルビ付き版はこちらです。


資料提供: 思抱学人

入力: いさお

2008年5月20日公開


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。