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68、幽界の神社

2010/08/22

 かれこれする中に、指導役のお爺さんからは、お宮の普請が、最う大分進行して居るとのお通知がありました。――

『後十日も経てばいよいよ鎮座祭の運びになる。形こそ小さいが、普請はなかなか手が込んで居るぞ……。』

 そんな風評を耳にする私としては、これまでの修行場の引越しとは異って、何となく気がかり……幾分輿入れ前の花嫁さんの気持、と言ったようなところがあるのでした。つまり、うれしいようで、それで何やら心配なところかあるのでございます。

『お爺さま、鎮座祭とやらの時には、私がそのお宮に入るのでございますか……。』

『イヤそれとも少し異う……。現界にお宮が建つ時には、同時に又こちらの世界にもお宮が建ち、そなたとしてはこちらのお宮の方に入るのじゃ。――が、そなたも知る通り現幽は一致、幽界の事は直ちに現界に映るから、実際はどちらとも区別がつけられないことになる……。』

『現界の方では、どんな個所にお宮を建てて居るのでございますか。』

『彼所は何と呼ぶか……つまり籠城中にそなたが隠れていた海岸の森蔭じゃ。今でも里人達は、遠い昔の事をよく記憶えていて、わざとあの地点を選ぶことに致したらしい……。』

『では油ヶ壷のすぐ南側に当る、高い崖のある所でございましょう、大木のこんもりと茂った……。』

『その通りじゃ。が、そんなことはこの俺に訊くまでもなく、自分で覗いて見たらよいであろう。現界の方はそなたの方が本職じゃ……。』

 お爺さんはそんなことを言って、まじめに取合ってくださいませんので、止むを得ずちょっと統一して、のぞいて見ると、果してお宮の所在地は、私の昔の隠家のあったところで、四辺の模様はさしてその時分と変って居ないようでした。普請はもう八分通りも進行して居り、大工やら、屋根職やらが、何れも忙がしそうに立働いているのが見えました。

『お爺さま、矢張り昔の隠家のあった所でございます。大そう立派なお宮で、私には勿体のうございます。』

『現界のお宮もよくできて居るが、こちらのお宮は一層手が込んで居るぞ。もう夙に出来上っているから、入る前に一度そなたを案内して置くと致そうか……。』

『そうしていただけば何より結構でございますが……。』

『ではこれからすぐに出掛ける……。』

 不相変お爺さんのなさることは早急でございます。

 私達は連れ立ちて海の修行場を後に、波打際のきれいな白砂を踏んで東へ東へと進みました。右手はのたりのたりといかにも長閑な海原、左手はこんもりと樹木の茂った丘つづき、どう見ても三浦の南海岸をもう少しきれいにしたような景色でございます。ただ海に一艘の漁船もなく、又陸に一軒の人家も見えないのが現世と異っている点で、それが為めに何やら全体の景色に夢幻に近い感じを与えました。

 歩いた道程は一里あまりでございましょうか、やがて一つの奥深い入江を廻り、二つ三つ松原をくぐりますと、そこは欝葱たる森蔭の小じんまりとせる別天地、どうやら昔私が隠れていた浜磯の景色に似て、更に一層理想化したような趣があるのでした。

 不図気がついて見ると、向うの崖を少し削った所に白木造りのお宮が木葉隠れに見えました。大さは約二間四方、屋根は厚い杉皮葺、前面は石の階段、周囲は濡椽になって居りました。

『何うじゃ、立派なお宮であろうが……。これでそなたの身も漸く固った訳じゃ。これからは引越騒ぎもないことになる……。』

 そう言われるお爺さんのお顔には、多年手がけた教え児の身の振り方のついたのを心から歓ぶと言った、慈愛と安心の色が湛って居りました。私は勿体ないやら、うれしいやら、それに又遠い地上生活時代の淡い思い出までも打ち混り、今更何と言うべき言葉もなく、ただ泪ぐんでそこに立ち尽したことでございました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。