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66、三浦を襲った大海嘯

2010/08/20

 さて只今申上げました不図とした動機というのは、或る年三浦の海岸を襲った大海嘯なのでございました。それはめったにない位の大きな時化で、一時は三浦三崎一帯の人家が全滅しそうに思われたそうでございます。

 すると、その頃、諸磯の、或る漁師の妻で、平常から私の事を大へんに尊信してくれている一人の婦人がありました。『小櫻姫にお願いすれば、どんな事でも協えて下さる……。』そう思い込んでいたらしいのでございます。で、いよいよ暴風雨が荒れ出しますと、右の婦人が早速私の墓に駆けつけて一心不乱に祈願しました。――

『このままにして置きますと、三浦の土地は皆流れて了います。小櫻姫さま、何うぞあなた様のお力で、この災難を免れさせて戴きます。この土地でお縋りするのはあなた様より外にはござりませぬ。』

 丁度その時私は海の修行場で不相変統一の修行三昧に耽って居りましたので、右の婦人の熱誠こめた祈願がいつになくはっきりと私の胸に通じて来ました。これには私も一と方ならず驚きました。――

『これは大へんである。三浦は自分にとりて切っても切れぬ深い因縁の土地、このまま土地の人々を見殺しにはできない。殊にあそこには良人をはじめ、三浦一族の墓もあること……。一つ龍神さんに一生懸命祈願して祈願して見ましょう……。正しい願いであるならきっと御神助が降るに相違ない……。』

 それから私は未熟な自分にできる限りの熱誠をこめて、三浦の土地が災厄から免れるようにと、龍神界に祈願を籠めますと、間もなくあちらから『願いの趣聴き届ける……。』との難有いお言葉が伝わってまいりました。

 果して、さしものに猛り狂った大時化が、間もなく収まり、三浦の土地はさしたる損害もなくして済んだのでしたが、三浦以外の土地、例えば伊豆とか、房州とかは百年来例がないと言われるほどの惨害を蒙ったのでした。

 斯うした時には又妙に不思議な現象が重なるものと見えまして、私の姿がその夜右の漁師の妻の夢枕に立ったのだそうでございます。私としては別にそんなことをしようという所思はなく、ただ心にこの正直な婦人をいとしい女性と思った丈のことでしたが、たまたま右の婦人がいくらか霊能らしいものを有っていた為めに、私の思念が先方に伝わり、その結果夢に私の姿までも見ることになったのでございましょう。そうしたことは格別珍らしい事でも何でもないのですが、場合が場合とて、それが飛んでもない大騒ぎになって了いました。――

『小櫻姫はたしかに三浦の土地の守護神様だ。三浦の土地が今度不思議にも助かったのは皆小櫻姫のお蔭だ。現に小櫻姫のお姿が誰某の夢枕に立ったということだ……。難有いことではないか……。』

 私とすればただ土地の人達に代って龍神さんに御祈願をこめたまでのことで、私自身に何の働きのあった訳ではないのでございますが、そうした経緯は無邪気な村人に判ろう筈もございません。で、とうとう私を祭神とした小桜神社が村人全体の相談の結果として、建立される段取になって了いました。

 右の事情が指導役のお爺さんから伝えられた時に私はびっくりして了いました。私は真紅になって御辞退しました。――

『お爺さま、それは飛んでもないことでございます。私などはまだ修行中の身、力量といい、又行状といい、とてもそんな資格のあろう筈がございませぬ。他の事と異い、こればかりは御辞退申上げます……。』

 が、お爺さんはいっかな承知なさらないのでした。――

『そなたが何と言おうと、神界ではすでに人民の願いを容れ、小桜神社を建てさせることに決めた。そなたの器量は神界で何もかも御存じじゃ。そなたはただ誠心誠意で人と神との仲介をすればそれでよい。今更我侭を申したとて何にもならんぞ……。』

『左様な訳のものでございましょうか……。』

 私としては内心多大の不安を感じながら、そうお答えするより外に詮術がないのでございました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。