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60、母性愛

2010/08/14

 その日はそれ位のことで別れましたが、後で又ちょいちょいこの二人の来訪を受け、とうとうそれが縁で、私は一度こちらの世界でこの娘の母親とも面会を遂げることになりました。なかなかしとやかな婦人で、しきりに娘のことばかり気にかけて居りました。その際私達の間に交された問答の中には、多少皆様の御参考になるところがあるように思われますので、序にその要点だけここに申し添えて置きましょう。

問 『あなた様は御生前に大そう厚い仏教の信者だったそうでございますが……。』

答 『私どもは別に平生厚い仏教の信者というのでもなかったのでございますが、可愛い小供を亡った悲歎のあまり、阿弥陀様にお縋りして、あの娘が早く極楽浄土に行けるようにと、一心不乱にお経を上げたのでございました。こちらの世界の事情が少し判って見ると、それがいかに浅墓な、勝手な考であるかがよく判りますが、あの時分の私達夫婦はまるきり迷いの闇にとざされ、それがわが娘の済われるよすがであると、愚かにも思い込んで居たのでした。――あべこべに私ども夫婦はわが娘の手で済われました。夫婦が毎夜夢の中に続けざまに見るあの神々しい娘の姿……私どもの曇った心の鏡にも、だんだんとまことの神の道が朧気ながら映ってまいり、いつとはなしに御神前で祝詞を上げるようになりました。私どもは全く雛子の小さな手に導かれて神様の御許に近づくことができたのでございます。私がこちらの世界へまいる時にも、真先きに迎えに来てくれたのは矢張りあの娘でございました。その折私は飛び立つ思いで、今行きますよ……と申した事はよく覚えて居りますが、修行未熟の身の悲しさ、それから先きのことはさっぱり判らなくなって了いました。後で神さまから伺えば、私はそれから十年近くも眠っていたとのことで、自分ながらわが身の腑甲斐なさに呆れたことでございました……。』

問 『いつお娘さまとはお逢いなされましたか……。』

答 『自分が気がついた時、私はてっきりあの娘が自分の傍に居てくれるものと思い込み、しきりにその名を呼んだのでございます。――が、いかに呼べど叫べど、あの娘は姿を見せてくれませぬ。そして不図気がついて見ると、見も知らぬ一人の老人が枕辺に佇って、凝乎と私の顔を見つめて居るのでございます。やがて件の老人が徐ろに口を開いて、そなたの子供は今ここに居ないのじゃから、いかに呼んでも駄目じゃ。修行が積んだら逢わせてあげぬでもない……。そんなことを言われたのでございます。その時私は、何という不愛想な老人があればあるものかと心の中で怨みましたが、後で事情が判って見ると、この方がこちらの世界で私を指導してくださる産土神のお使者だったのでございました……。兎も角も、修行次第でわが娘に逢わしてもらえることが判りましたので、それからの私は、不束な身に及ぶ限りは、一生懸命に修行を励みました。そのお蔭で、とうとう日頃の願望の協う時がまいりました。どこをドウ通ったのやら途中のことは少しも判りませぬが、兎も角私は指導役の神さまに連れられて、あの娘の住居へ訪ねて行ったのでございます。あの娘の歿ったのは六歳の時でございましたが、それがこちらの世界で大分に大きく育っていたのには驚きました。稚な顔はそのままながら、どう見ても十歳位には見えるのでございます。私はうれしいやら、悲しいやら、夢中であの娘を両腕にひしとだきかかえたのでございます……。が、それまでが私の嬉しさの絶頂でございました。私は何やら奇妙な感じ……予て考えていたのとはまるきり異った、何やらしみじみとせぬ、何やら物足りない感じに、はっと愕かされたのでございます……。』

問 『つまり軽くて温みがなく、手で触ってもカサカサした感じではございませんでしたか……。』

答 『全くお言葉の通り……折角抱いてもさっぱり手応えがないのでございます。私にはいかに考えても、こればかりは現世の生活の方がよほど結構なように感じられて致方がございませぬ。神様のお言葉によれば、いつか時節がまいれば、親子、夫婦、兄弟が一緒に暮らすことになるとのことでございますが、あんな工合では、たとえ一緒に暮らしても、現世のように、そう面白いことはないのではございますまいか……。』

 二人の問答はまだいろいろありますが、一と先ずこの辺で端折ることにいたしましょう。現世生活にいくらか未練の残っている、つまらぬ女性達の繰り言をいつまで申上げて見たところで、そう興味もございますまいから……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。