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49、梅の精

2010/08/03

 梅の精は思いの外わるびれた様子もなく、私の顔をしげしげ凝視て佇って居ります。

『梅の精さん、あなた、お年齢はおいくつでございます?』

 生前の癖で、私は真先きにそんな事を訊いて了いました。

『年齢? わたしそんなものは存じませぬ……。』

 梅の精は銀の鈴のようなきれいな声で、そう答えてキョトンとしました。

 私は自分ながら拙なことを訊いたとすぐ後悔しましたが、しかしこれで妖精とすらすら談話のできることが判って、嬉しくてなりませんでした。私はつづいて、いろいろ話しかけました。――

『ホンに、あなた方に年齢などはない筈でございました……。でもあなた方にも矢張り、両親もあれば兄妹もあるのでしょうね?』

『私のお母ァさまは、それはそれはやさしい、良いお母ァさまでございます……。兄妹は、あんまり沢山で数が分りませぬ……。』

『あなたはよく怖がらずに、私の所へ来てくれましたね。』

『でも姨さまは私を可愛がってくださいますもの……。』

『可愛がってくれる人と、くれない人とが判りますか?』

『はっきり判ります。私達は気の荒らい、惨い人間が大嫌いでございます。そんな人間だと私達は決して姿を見せませぬ。だって、格別用事もないのに、折角私達が咲かした花を枝ごと折ったり、何かするのですもの……。』

 そう言って、梅の精はそのきれいな眉に八の字を寄せましたが、私にはそれが却って可愛らしくてなりませんでした。

『でも、人間は、この枝振りが気に入らないなどと言って、時々鋏でチョンチョン枝を摘むことがあるでしょう。そんな時にあなた方は矢張り腹が立ちますか?』

『別に腹が立ちもしませぬ……。枝振りを直す為めに伐るのと、悪戯で伐るのとは、気持がすっかり異います。私達にはその気持がよく判るのです……。』

『では花瓶に活ける為めに枝を伐られても、あなた方はそう気まずくは思わないでしょう?』

『それは思いませぬ……。私達を心から可愛がってくださる人間に枝の一本や二本歓んでさしあげます……。』

『果実を採られる気持も同じですか?』

『私達が丹精して作ったものが、少しでも人間のお役に立つと思えば、却ってうれしうございます……。』

『木によっては、根元から伐り倒される場合もありますが、その時あなた方は何うなさる?』

『そりゃよい気持は致しませぬ。しかし伐られるものを、私達の力で何うすることもできませぬ。すぐあきらめて、木が倒れる瞬間にそこを立ちのいて了います……。』

『あなた方の中にも、人間が好きなものと嫌いなもの、又性質のさびしいものと陽気なものと、いろいろ相違があるでしょうね?』

『それは様々でございます。中には随分ひねくれた、気むつかしい性質のものがあり、どうかすると人間を目の仇に致します……。』

 何と申しましても、人間と妖精とでは、距離が大分かけ離れていて、談話がしっくりと腑に落ちないところもございますが、それでも、こうしている中に、幾分か先方の心持が呑み込めたように思われてまいりました。それから私はよきほどに梅の精との対話を切り上げ、他の妖精達の査べにかかりましたが、人間から観れば何れも大同小異の妖しい小人というのみで、一々細かいことは判りかねました。標本として私はそれ等の中で少し毛色の異ったものの人相書を申上げて置くことにいたしましょう。

 梅の精の次ぎに私が目をとめたのは、松の精で、男松は男の姿、女松は女の姿、どちらも中年者でございました。梅の精よりかも遙かに威厳があり、何所やらどっしりと、きかぬ気性を具えているようでございました。しかし、その大さは矢張り五寸許、蒼味がかった茶っぽい唐服を着て、そしてきれいな羽根を生やして居るのでした。

 松や梅の精に比べると竹の精はずっと痩ぎすで、何やら少し貧相らしく見えましたが、しかし性質はこれが一番穏和しいようでございました。で、若し松竹梅と三つ並べて見たら、強いのと弱いのとの両極端が松と竹とで、梅はその中間に位して居るようでございます。

 それから菫、蒲公英、桔梗、女郎花、菊……一年生の草花の精は、何れも皆小供の姿をしたものばかり、形態は小柄で、眼のさめるような色模様の衣裳をつけて居りました。それ等が大きな群を作って、大空狭しと乱れ飛ぶところは、とても地上では見られぬ光景でございます。中でどれが一番きれいかと仰っしゃるか……さあ草花の精の中では矢張り菊の精が一番品位がよく、一番巾をきかしているようでございました……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。