77、神の申子

 或る夜社頭の階段の辺に人の気配が致しますので、心を鎮めてこちらから覗いて見ますと、其処には二十五六の若い美しい女が、六十位の老女を連れて立って居りましたが、血走った眼に洗い髪をふり乱して居る様子は、何う見ても只事とは思われないのでした。

 女はやがて階段の下に跪いて、こまごまと一伍一什を物語った上で、『何卒神様のお力で子供を一人お授け下さいませ。それが男の子であろうと、女の子であろうと、決して勝手は申しませぬ……。』と一心不乱に祈願を籠めるのでした。

 これで一と通り女の事情は判ったのでございますが、男の方を査べなければ何とも判断しかねますので、私はすぐ其場で一層深い精神統一状態に入り、仔細にその心の中まで探って見ました。すると男も至って志繰の確かな、優さしい若者で、他の女などには目もくれず、堅い堅い決心をして居ることがよく判りました。

 これで私の方でも真剣に身を入れる気になりましたが、何分にも斯んな祈願は、まだ一度も手掛けたことがないものでございますから、何うすれば子供を授けることができるのか、更に見当がとれませぬ。拠なく私の守護霊に相談をかけて見ましたが、あちらでも矢張りよく判らないのでございました。

 そうする中にも、女の方では、雨にも風にもめげないで、初夜頃になると必らず願掛けにまいり、熱誠をこめて、早く子供を授けていただきたいとせがみます。それをきく私は全く気が気でないのでございました。

 とうとう思案に余りまして、私は指導役のお爺さんに御相談をかけますと、お爺さんからは、斯んな御返答がまいりました。――

『それは結構なことであるから、是非子供を授けてやるがよい。但しその方法は自分で考えなければならぬ。それがつまり修行じゃ。こちらからは教えることはできない……。』

 私としては、これは飛んでもないことになったと思いました。兎に角相手相手なしに妊娠しないことはよく判って居りますので、不取敢私は念力をこめて、あの若者を三崎の方へ呼び寄せることに致しました……。つまり男にそう思わせるのでございますが、これはなかなか並大ていの仕事ではないのでございまして……。

 幸いにも私の念力が届き、男はやがて実家から脱け出して、ちょいちょい三崎の女の許へ近づくようになりました。乃で今度は産土の神様にお願いして、その御計らいで首尾よく妊娠させて戴きましたが、これがつまり神の申子と申すものでございましょう。只その詳しい手続きは私にもよく判りかねますので……。

 これで先ず仕事の一段落はつきましたようなものの、ただこの侭に棄て置いては、折角の願掛けが協ったのか、協わないのかが、さっぱり人間の方に判りませんので、何とかしてそれを先方に通じさせる工夫が要るのでございます。これも指導役のお爺さんから教えられて、私は女が眠っている時に、白い珠を神様から授かる夢を見せてやりました。御存じの通り、白い珠はつまり男の児の徴号なのでございまして……。

 女はそれからも引きつづいてお宮に日参しました。夢に見た白い玉がよほど気がかりと見えまして、いつもいつも『あれは何ういう訳でございますか?』と訊ねるのでございましたが、幽明交通の途が開けていない為めに、こればかりは教えてやることはできないので甚だ困りました。――が、その中、妊娠ということが次第に判って来たので、夫婦の歓びは一と通りでなく、三崎に居る間は、よく二人で連れ立ちてお礼にまいりました。

 やかて月満ちて生れたのは、果して珠のような、きれいな男の児でございました。俗に神の申子は弱いなどと申しますが、決してそのようなものではなく、この児も立派に成人して、父親の実家の後を継ぎました。私のところにまいる信者の中では、この人達などが一番手堅かった方でございまして……。


 斯う言った実話は、まだいくらでもございますが、そのおうわさは別の機会に譲り、これからごく簡単に神々のお受持につきて、私の存じて居るところを申し上げて、一と先ずこの通信を打ち切らせていただきとうございます。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。