72、神社のその日その日

 前申上げましたように、兎も角も私は小桜神社を預かる身となったのでございますが、それから今日まで引きつづいてざっと二百年、考えて見れば随分永いことでございます。私の任務というのはごく一と筋のもので、従って格別取り立てて吹聴するような珍らしい話の種とてもありませぬが、それでもこの永い星霜の間には何や彼やと後から後からさまざまの事件が湧いてまいり、とてもその全部を御伝えする訳にもまいりませぬ。中には又現世の人達に、今ここで御漏らししてはならないことも少しはあるのでございまして……。

 で、いろいろと考えました末、これからあなた方に幾分か御参考になりそうな事柄だけを拾い出して御話しをいたし、そろそろこの拙き通信を切り上げさせて戴こうと存じます。

 取り敢えず祭神となってからの生活の変化と言ったような点を簡単に申上げて置こうかと存じます。御承知の通り、私の仕事は大体上の神界と下の人間界との中間に立ちて御取次ぎを致すのでございますが、これでも相当に気骨が折れまして、うっかりして居ればどんな間違をするか知れません。修行時代には指導役の御爺さんが側から一々面倒を見てくださいましたから楽でございましたが、だんだんそうばかりも行かなくなりました。『汝には神様に伺うこともちゃんと教えてあるから、大概の事は自分の力で行らねばならぬぞ……。』そう言われるのでございます。又私としても、いつまでお爺さんにばかりお縋りするのもあまりに意気地がないように感じましたので、よくよくの重大事でもなければ、めったに御相談はせぬことに覚悟をきめました。

 で、私として真先きに工夫したことは一日の区画を附けることでございました、本来からいえばこちらの世界に昼夜の区別はないのでございますが、それでは現界の人達と接するのにひどく勝手が悪く、どうにも仕方がございません。何にしろ人間界の方では朝は朝、夜は夜とちゃんと区画をつけて仕事をして居るのでございますから……。

 乃で、私の方でもそれに調子を合わせて生活するように致し、丁度現世の人達が朝起きて洗面をすませ、神様を礼拝すると同じように、私も朝になれば斎戒沐浴して、天照大御神様をはじめ奉り、皇孫命様、龍神様、又産土神様を礼拝し、今日一日の任務を無事に勤めさせて下さいますようにと祈願を籠めることにしました。不思議なことにそんな場合には、いつも額いている私の頭の上で、さらっと幣の音が致します。その癖眼を開けて見ても、別に何も見えはしませぬ。恐らく斯うして神界から、人知れず私の躯を浄めて下さるのでございましょう……。

 夜は夜で、又神様に御礼を申上げます。『今日一日の仕事を無事に勤めさせて戴きまして、まことに難有うございました……。』その気持は別に現世の時と些しも異りはしませぬ。兎に角これで初めて重荷が降りたように感じ、自分に戻って寛ぎますが、ただ現世と異うのは、それから床を敷いて寝るでもなく、たったひとりで懐かしい昔の思い出に耽って、しんみりした気分に浸る位のものでございます。

 兎に角斯うして一日を区画って働くことは指導役のお爺さんからも大へんに褒められました。『よくそれ丈の考えがついた。それでこそ任務が立派に果される……。』そう仰しゃって戴いたのでございます。

 ナニ参拝人の話をいたせと仰っしゃるか……宜しうございます。私もそのつもりで居りました。これからポツポツ想い出してその御話をして見ることに致しましょう。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


コメントは受け付けていません。

2010年8月
« 7月   9月 »
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  
小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。