70、現界の祝詞

 そうする中にも、今日の鎮座祭のことは、早くもこちらの世界の各方面に通じたらしく、私の両親、祖父母、良人をはじめ、その外多くの人達からのお祝いの言葉が、頻々と私の耳にひびいて参りました。それは別にあちらで通信しようとする意思はなくても、自然とそう感じられて来るのでございます。近頃は現界でも、電信とか、電話とか申すものが出来て、斯うした場合によく利用されるそうでございますが、こちらの世界でする仕事も大体それに似たもので、ただもう少し便利なように思われます。『思えば通ずる……。』それがいつも私どものヤリ口なのでございまして……。

 さてその際私に感じて来た通信の中では、矢張り良人のが一ばん力強くひびきました。『そなたはいよいよ神として祀られることになり、多年連添った良人として決して仇やおろそかには考えられない。しかもその神社の所在地は、あの油壷の対岸の隠れ家の跡とやら、この上ともしっかりやって貰いますぞ……。』

 兎角して居る中に、指導役のお爺さんから御注意がありました。――

『現界ではいよいよ御霊鎮めの儀に取りかかった。そなたはすぐにその準備にかかるように……。』

 私の身も心も、その時急に引きしまるように覚えました。

『これから自分はこのお宮に鎮まるのだ……。』

 そう思った瞬間に、私の姿はいずくともなく消えて失せて了いました。

 後でお爺さんから承るところによると、私というものはその時すっかり御幣の中に入って了ったのだそうで、つまり御幣が自分か、自分が御幣か、その境界が少しも判らなくなったのでございます。

 その状態がどれ位つづいたかは自分には少しも判りませぬ。が、不思議なことに、そうして居る間、現世の人達が奏上する祝詞が手に取るようにはっきりと耳に響いて来るのでございます。その後何回斯うした儀式に臨んだか知れませぬが、いつもいつも同じ状態になるのでございまして、それは全く不思議でございます。

 不図自分に返って見ると、お爺さんも、又守護霊さんも、先刻の姿勢のままで、並んで神壇の前に立って居られました。

『これで俺も一と安心じゃ……。』

 お爺さんはしんみりとした口調で、ただそう仰ッしやられたのみでした。つづいて守護霊さんも口を開かれました。――

『ここまで来るのには、御本人の苦労も一と通りではありませぬが、蔭になり、日向になって、親切にお導きくだされた神さま方のお骨折りは容易なものではございませぬ。決して決してその御恩をお忘れにならぬよう……。』

 その折の私としましては感極りて言葉も出でず、せき来る涙を払えもあえず、龍神さま、氏神さま、その外の方々に心から感謝のまことを捧げたことでございました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。