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41、海神の怒り

2010/07/26

 私が伺った橘姫のお物語の中には、まだいろいろお伝えしたいことがございますが、とても一度に語りつくすことはできませぬ。何れ又良い機会がありましたら改めてお漏しすることとして、ただあの走水の海で御入水遊ばされたお話だけは、何うあっても省く訳にはまいりますまい。あれこそはひとりこの御夫婦の御一代を飾る、尤も美しい事蹟であるばかりでなく、又日本の歴史の中での飛び切りの美談と存じます。私は成るべく姫のお言葉そのままをお取次ぎすることに致します。

『わたくし達が海辺に降り立ったのはまだ朝の間のことでございました。風は少し吹いて居りましたが、空には一点の雲もなく、五六里もあろうかと思わるる広い内海の彼方には、総の国の低い山々が絵のようにぽっかりと浮んで居りました。その時の私達の人数はいつもよりも小勢で、かれこれ四五十名も居ったでございましょうか。仕立てた船は二艘、どちらも堅牢な新船でございました。

『一同が今日の良き船出を寿ぎ合ったのもほんの束の間、やや一里ばかりも陸を離れたと覚しき頃から、天候が俄かに不穏の模様に変って了いました。西北の空からどっと吹き寄せる疾風、見る見る船はグルリと向きをかえ、人々は瀧なす飛沫を一ぱいに浴びました。それにあの時の空模様の怪しさ、赭黒い雲の峰が、右からも左からも、もくもくと群がり出でて満天に折り重なり、四辺はさながら真夜中のような暗さに鎖されたと思う間もなく、白刃を植えたような稲妻が断間なく雲間に閃き、それにつれてどっと降りしきる大粒の雨は、さながら礫のように人々の面を打ちました。わが君をはじめ、一同はしきりに舟子達を励まして、暴れ狂う風浪と闘いましたが、やがて両三人は浪に呑まれ、残余は力つきて船底に倒れ、船はいつ覆るか判らなくなりました。すべてはものの半刻と経たぬ、ほんの僅かの間のことでございました。

『かかる場合にのぞみて、人間の依むところはただ神業ばかり……。私は一心不乱に、神様にお祈祷をかけました。船のはげしき動揺につれて、幾度となく投げ出さるる私の躯――それでも私はその都度起き上りて、手を合せて、熱心に祈りつづけました。と、忽ち私の耳にはっきりとした一つの囁き、『これは海神の怒り……今日限り命の生命を奪る……。』覚えずはっとして現実にかえれば、耳に入るはただすさまじきすさまじき浪の音、風の叫び――が、精神を鎮めると又もや右の怪しき囁きがはっきりと耳に聞えてまいります……。

『二度、三度、五度……幾度くりかえしてもこれに間違のないことが判った時に、私はすべてを命に打ち明けました。命は日頃の、あの雄々しい御気性とて「何んの愚かなこと!」とただ一言に打ち消して了われましたが、ただいかにしても打ち消し得ないのは、いつまでも私の耳にきこゆるあの不思議の囁きでございました。私はとうとう一存で、神様にお縋りしました。「命は御国にとりてかけがえのない、大切の御身の上……何卒この数ならぬ女の生命を以て命の御生命にかえさせ玉え……。」二度、三度この祈りを繰りかえして居る内に、私の胸には年来の命の御情思がこみあげて、私の両眼からは涙が瀧のように溢れました。一首の歌が自ずと私の口を突いて出たのもその時でございます。真嶺刺し、相摸の小野に、燃ゆる火の、火中に立ちて、問いし君はも……。

『右の歌を歌い終ると共に、いつしか私の躯は荒れ狂う波間に跳って居りました、その時ちらと拝したわが君のはっと愕かれた御面影――それが現世での見納めでございました。』


 橘姫の御物語は一と先ずこれにて打ち切りといたしますが、ただ私として、ちょっとここで申添えて置きたいと思いますのは、海神の怒りの件でございます。大和武尊さまのような、あんな御立派なお方が、何故なれば海神の怒りを買われたか?――これは恐らくどなたも御不審の点かと存じまするが、実は私もこれにつきて、指導役のお爺さんにその訳を伺ったことがあるのでございます。その時お爺さんは斯う答えられました。――

『それは斯ういう次第じゃ。すべて物には表と裏とがある。命が日本国にとりて並びなき大恩人であることはいうまでもなけれど、しかし殺された賊徒の身になって見れば、命ほど、世にも憎いものはない。命の手にかかって滅ぼされた賊徒の数は何万とも知れぬ。で、それ等が一団の怨霊となって隙を窺い、たまたま心よからぬ海神の援けを獲て、あんな稀有の暴風雨をまき起したのじゃ。あれは人霊のみでできる仕業でなく、又海神のみであったら、よもやあれほどのいたずらはせなかったであろう。たまたま斯うした二つの力が合致したればこそ、あのような災難が急に降って湧いたのじゃ。当時の橘姫にはもとよりそうした詳しい事情の判ろう筈もない。姫があれをただ海神の怒りとのみ感じたのはいささか間違って居るが、それはそうとして、あの場合の姫の心胸にはまことに涙ぐましい真剣さが宿っていた。あれほどの真心が何ですぐ神々の御胸に通ぜぬことがあろう。それが通じたればこそ大和武尊には無事に、あの災難を切りぬけることが出来たのじゃ。橘姫は矢張り稀に見るすぐれた御方じゃ。』

 私はこの説明が果してすべてを尽しているか否かは存じませぬ。ただ皆さまの御参考までに、私の伺ったところを附け加えて置くだけでございます。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。