‘2010/07/23’ カテゴリーのアーカイブ

38、姫の生立

2010/07/23

 私達の間には、それからそれへと、物語がとめどなくはずみました。霊の因縁と申すものはまことに不思議な力を有っているものらしく、これが初対面であり乍ら、相互の間の隔ての籬はきれいに除り去られ、さながら血を分けた姉妹のように、何も彼もすっかり心の底を打ち明けたのでございました。

 私というものは御覧の通り何の取柄もない、短かい生涯を送ったものでございますが、それでも弟橘姫様は私の現世時代の浮沈に対して心からの同情を寄せて、親身になってきいてくださいました。『あなたも随分苦労をなさいました……。』そう言って、私の手を執って涙を流された時は、私は忝いやら、難有いやらで胸が一ぱいになり、われを忘れて姫の御膝に縋りついて了いました。

 が、そんな話はただ私だけのことで、あなた方には格別面白くも、又おかしくもございますまいが、ただ其折弟橘姫様御自身の口ずから漏された遠き昔の思い出話――これはせめてその一端なりとここでお伝えして置きたいと存じます。何にしろ日本の歴史を飾る第一の花形といえば、女性では弟橘姫様、又男性では大和武尊様でございます。このお二人にからまる事蹟が少しでも現世の人達に伝わることになれば、私の拙き通信にも初めて幾らかの意義が加わる訳でごさいます。私にとりてこんな冥加至極なことはございませぬ。尤も私の申上ぐるところが果して日本の古い書物に載せてあることと合っているか、いないか、それは私にはさっぱり判りませぬ。私はただ自分が伺いましたままをお伝えする丈でございますから、その点はよくよくお含みの上で取拾して戴き度う存じます。

 それからもう一つ爰でくれぐれもお断りして置きたいのは、私がお取次ぎすることが、決して姫御自身のお言葉そのままでなく、ただ意味だけを伝えることでございます。当時の言語は含蓄が深いと申しますか、そのままではとても私どもの腑に落ちかぬるところがあり、私としては、不躾と知りつつも、何度も何度も問いかえして、やっとここまで取りまとめたのでございます。で、多少は私のきき損ね、思い違いがないとも限りませぬから、その点も何卒充分にお含み下さいますよう……。

『あなた様の御生立を伺わして戴き度う存じまするが……。』

 機会を見て私はそう切り出しました。すると姫はしばらく凝乎と考え込まれ、それから漸く唇を開かれたのでございました。――

『いかにも遠い昔のこと、所の名も人の名も、急には胸に浮びませぬ。――私の生れたところは安芸の国府、父は安藝淵真佐臣……代々この国の司を承って居りました。尤も父は時の帝から召し出され、いつもお側に仕える身とて、一年の大部は不在勝ち、国元にはただ女小供が残って居るばかりでございました……。』

『御きょうだいもおありでございましたか。』

『自分は三人のきょうだいの中の頭、他は皆男子でございました。』

『いつもお国元のみにお暮らしでございましたか?』

『そうのみとも限りませぬ。偶には父のお伴をして大和にのぼり、帝のお目通りをいたしたこともございます……。』

『アノ大和武尊様とも矢張り大和の方でお目にかかられたのでございまするか?』

『そうではありませぬ……。国元の館で初めてお目にかかりました……。』

 山間の湖水のように澄み切った、気高い姫のお顔にも、さすがにこの時は情思の動きが薄い紅葉となって散りました。私は構わず問いつづけました。――

『何卒その時の御模様をもう少しくわしく伺わせていただく訳にはまいりますまいか? あれほどまでに深い深い夫婦の御縁が、ただかりそめの事で結ばれる筈はないと存じますが……。』

『さァ……何所から話の糸口を手繰り出してよいやら……。』

 姫はしばらくさし俯いて考え込んで居られましたが、その中次第にその堅い唇が少しづつ綻びてまいりました。お話の前後をつづり合わせると、大体それは次ぎのような次第でございました……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


2010年7月
« 6月   8月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  
小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。