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33、自殺した美女

2010/07/18

 今度は入れ代って、或る事情の為めに自殺を遂げた一人の女性との会見のお話を致しましょう。少々陰気くさい話で、おききになるに、あまり良いお気持はしないでございましょうが、斯う言った物語も現世の方々に、多少の御参考にはなろうかと存じます。

 その方は生前私と大へんに仲の良かったお友達の一人で、名前は敦子……あの敦盛の敦という字を書くのでございます。生家は畠山と言って、大そう由緒ある家柄でございます。その畠山家の主人と私の父とが日頃別懇にしていた関係から、私と敦子さまとの間も自然親しかったのでございます。お年齢は敦子さまの方が二つばかり下でございました。

 お母さまが大へんお美しい方であった為め、お母さま似の敦子さまも眼の覚めるような御縹緻で、殊にその生際などは、慄えつくほどお綺麗でございました。『あんなにお美しい御縹緻に生れて敦子さまは本当に仕合せだ……。』そう言ってみんなが羨ましがったものでございますが、後で考えると、この御縹緻が却ってお身の仇となったらしく、矢張り女は、あまり醜いのも困りますが、又あまり美しいのもどうかと考えられるのでございます。

 敦子さまの悩みは早くも十七八の娘盛りから始まりました。諸方から雨の降るようにかかって来る縁談、中には随分これはというのもあったそうでございますが、敦子さまは一つなしに皆断って了うのでした。これにはむろん訳があったのでございます。親戚の、幼馴染の一人の若人……世間によくあることでございますが、敦子さまは早くから右の若人と思い思われる仲になり、末は夫婦と、内々二人の間に堅い約束ができていたのでございました。これが望みどおり円満に収まれば何の世話はないのでございますが、月に浮雲、花に風とやら、何か両家の間に事情があって、二人は何うあっても一緒になることができないのでした。

 こんな事で、敦子さまの婚期は年一年と遅れて行きました。敦子さまは後にはすっかり棄鉢気味になって、自分は生涯嫁には行かないなどと言い張って、ひどく御両親を困らせました。ある日敦子さまが私の許へ訪ずれましたので、私からいろいろ言いきかせてあげたことがございました。『御自分同志が良いのは結構であるが、斯ういうことは、矢張り御両親のお許諾を得た方がよい……。』どうせ私の申すことはこんな堅苦しい話に決って居ります。これをきいて敦子さまは別に反対もしませんでしたが、さりとて又成る程と思いかえしてくれる模様も見えないのでした。

 それでも、その後幾年か経って、男の方があきらめて、何所からか妻を迎えた時に、敦子さまの方でも我が折れたらしく、とうとう両親の勧めに任せて、幕府へ出仕している、ある歴々の武士の許へ嫁ぐことになりました。それは敦子さまがたしか二十四歳の時でございました。

 縁談がすっかり整った時に、敦子さまは遥ばる三浦まで御挨拶に来られました。その時私の良人もお目にかかりましたが、後で、『あんな美人を妻に持つ男子はどんなに仕合わせなことであろう……。』などと申した位に、それはそれは美しい花嫁姿でございました。しかし委細の事情を知って居る私には、あの美しいお顔の何所やらに潜む、一種の寂しさ……新婚を歓ぶというよりか、寧しろつらい運命に、仕方なしに服従していると言ったような、やるせなさがどことなく感じられるのでした。

 兎も角こんな具合で、敦子さまは人妻となり、やがて一人の男の児が生れて、少くとも表面には大そう幸福らしい生活を送っていました。落城後私があの諸磯の海辺に佗住居をして居た時分などは、何度も何度も訪れて来て、何かと私に力をつけてくれました。一度は、敦子さまと連れ立ちて、城跡の、あの良人の墓に詣でたことがございましたが、その道すがら敦子さまが言われたことは今も私の記憶に残って居ります。――

『一たい恋しい人と別れるのに、生別れと死別れとではどちらがつらいものでしょうか……。事によると生別れの方がつらくはないでしょうか……。あなたの現在のお身上もお察し致しますが、少しは私の身の上も察してくださいませ。私は一つの生きた屍、ただ一人の可愛い子供があるばかりに、やっとこの世に生きていられるのです。若しもあの子供がなかったら、私などは夙の昔に……。』

 現世に於ける私と敦子さまとの関係は大体こんなところでお判りかと存じます。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。