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29、身上話

2010/07/14

 ここで一つ変っているのは、私達が殆んど少しも現世時代の思い出話をしなかったことで、若しひょっとそれを行ろうとすると、何やら口が填って了うように感じられるのでした。

 で、自然私達の対話は死んでから後の事柄に限られることになりました。私が真先きに訊いたのは良人の死後の自覚の模様でした。――

『あなたがこちらでお気がつかれた時はどんな塩梅でございましたか?』

『俺は実はそなたの声で眼を覚ましたのじゃ。』と良人はじっと私を見守り乍らポツリポツリ語り出しました。『そなたも知る通り、俺は自尽して果てたのじゃが、この自殺ということは神界の掟としてはあまりほめたことではないらしく、自殺者は大抵皆一たんは暗い所へ置かれるものらしい。俺も矢張りその仲間で、死んでからしばらくの間何事も知らずに無我夢中で日を過した。尤も俺のは、敵の手にかからない為めの、言わば武士の作法に協った自殺であるから、罪は至って軽かったようで、従って無自覚の期間もそう長くはなかったらしい。そうする中にある日不図そなたの声で名を呼ばれるように感じて眼を覚ましたのじゃ。後で神様から伺えば、これはそなたの一心不乱の祈願が、首尾よく俺の胸に通じたものじゃそうで、それと知った時の俺のうれしさはどんなであったか……。が、それは別の話、あの時は何をいうにも四辺が真暗でどうすることもできず、しばらく腕を拱いてぼんやり考え込んでいるより外に道がなかった。が、その中うっすりと光明がさして来て、今日送って来てくだされた、あのお爺さんの姿が眼に映った。ドーじゃ、眼が覚めたか?――そう言葉をかけられた時のうれしさ! 俺はてっきり自分を救ってくれた恩人であろうと思って、お名前は? と訊ねると、お爺さんはにっこりして、汝は最早現世の人間ではない。これから俺の申すところをきいて、十分に修行を積まねばならぬ。俺は産土の神から遣わされた汝の指導者である、と申しきかされた。その時俺ははっとして、これは最う愚図愚図していられないと思った。それから何年になるか知れぬが、今では少し幽界の修行も積み、明るい所に一軒の家屋を構えて住わして貰っている……。』

 私は良人の素朴な物語を大へんな興味を以てききました。殊に私の生存中の心ばかりの祈願が、首尾よく幽明の境を越えて良人の自覚のよすがとなったというのが、世にもうれしい事の限りでした。

 入れ代って今度は良人の方で、私の経歴をききたいということになりました。で、私は今丁度あなたに申上げるように、帰幽後のあらましを物語りました。私が生きている時から霊視がきくようになり、今では坐ったままで何でも見えると申しますと、『そなたは何と便利なものを神様から授っているであろう!』と良人は大へんに驚きました。又私がこちらで愛馬に逢った話をすると、『あの時は、そなたの希望を容れないで、勝手な名前をつけさせて大へんに済まなかった。』と良人は丁寧に詫びました。その外さまざまの事がありますが、就中良人が非常に驚きましたのは私の龍宮行の物語でした。『それは飛んでもない面白い話じゃ。ドーもそなたの方が俺よりも資格がずっと上らしいぞ。俺の方が一向ぼんやりしているのに、そなたはいろいろ不思議なことをしている……。』と言って、大そう私を羨ましがりました。私も少し気の毒気味になり、『すべては霊魂の関係から役目が異うだけのもので、別に上下の差がある訳ではないでしょう。』と慰めて置きました。

 私達はあまり対話に身が入って、すっかり時刻の経つのも忘れていましたが、不図気がついて見ると何処へ行かれたか、二人の神さん達の姿はその辺に見当らないのでした。

 私達は期せずして互に眼と眼を見合わせました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。