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28、昔語り

2010/07/13

 良人がいよいよ来着したのは、それからしばしの後で、私が不図側見をした瞬間に、五十余りと見ゆる一人の神様に附添われて、忽然として私のすぐ前面に、ありし日の姿を現わしたのでした。

『あッ矢張り元の良人だ……。』

 私は今更ながら生死の境を越えて、少しも変っていない良人の姿に驚嘆の眼を見張らずにはいられませんでした。服装までも昔ながらの好みで、鼠色の衣裳に大紋打った黒の羽織、これに袴をつけて、腰にはお定まりの大小二本、大へんにきちんと改った扮装なのでした。

 これが現世での出来事だったら、その時何をしたか知れませぬが、さすがに神様の手前、今更取り乱したところを見られるのが恥かしゅうございますから、私は一生懸命になって、平気な素振をしていました。良人の方でも少しも弱味を見せず、落付払った様子をしていました。

 しばし沈黙がつづいた後で、私から言葉をかけました。――

『お別れしてから随分長い歳月を経ましたが、図らずも今ここでお目にかかることができまして、心から嬉しうございます。』

『全く今日は思い懸けない面会であった。』と良人もやがて武人らしい、重い口を開きました。

『あの折は思いの外の乱軍、訣別の言葉一つかわす隙もなく、あんな事になって了い、そなたも定めし本意ないことであったであろう……。それにしてもそなたが、斯うも早くこちらの世界へ来るとは思わなかった。いつまでも安泰に生き長らえて居てくれるよう、自分としては蔭ながら祈願していたのであったが、しかし過ぎ去ったことは今更何とも致方がない。すべては運命とあきらめてくれるよう……。』

 飾気のない良人の言葉を私は心からうれしいと思いました。

『昔の事はモー何とも仰っしゃってくださいますな。あたにお別れしてからの私は、お墓参りが何よりの楽しみでございましたが、矢張り寿命と見えて、直にお後を慕うことになりました。一時の間こそ随分くやしいとも、悲しいとも思いましたが、近頃は、ドーやらあきらめがつきました。そして思いがけない今日のお目通り、こんなうれしい事はございませぬ……。』

 かれこれと語り合っている中にも、お互の心は次第次第に融け合って、さながらあの思出多き三浦の館で、主人と呼び、妻と呼ばれて、楽しく起居を偕にした時代の現世らしい気分が復活して来たのでした。

『いつまで立話しでもなかろう。その辺に腰でもかけるとしようか。』

『ほんにそうでございました。丁度ここに手頃の腰掛けがございます。』

 私達は三尺ほど隔てて、右と左に並んでいる、木の切株に腰をおろしました。そこは監督の神様達もお気をきかせて、あちらを向いて、素知らぬ顔をして居られました。

 対話はそれからそれへとだんだん滑かになりました。

『あなたは生前と少しもお変りがないばかりか、却って少しお若くなりはしませぬか。』

『まさかそうでもあるまいが、しかしこちらへ来てから何年経っても年齢を取らないというところが不思議じゃ。』と良人は打笑い、『それにしてもそなたは些と老けたように思うが……。』

『あなたとお別れしてから、いろいろ苦労をしましたので、自然窶が出たのでございましょう。』

『それは大へん気の毒なことであった。が、斯うなっては最早苦労のしようもないから、その中自然元気が出て来るであろう。早くそうなってもらいたい。』

『承知致しました。みっちり修行を積んで、昔よりも若々しくなってお目にかけます……。』

 さして取りとめのない事柄でも、斯うして親しく語り合って居りますと、私達の間には言うに言われぬ楽しさがこみ上げて来るのでした。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。