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23、豊玉姫と玉依姫

2010/07/08

 間もなく以前の小娘が再び現われました。

『何うぞおあがりくださいませ……。』

 言われるままに私は小娘に導かれて、御殿の長い長い廊下を幾曲り、ずっと奥まれる一と間に案内されました。室は十畳許りの青畳を敷きつめた日本間でございましたが、さりとて日本風の白木造りでもありませぬ。障子、欄間、床柱などは黒塗り、又縁の欄干、庇、その他造作の一部は丹塗り、と言った具合に、とてもその色彩が複雑で、そして濃艶なのでございます。又お床の間には一幅の女神様の掛軸がかかって居り、その前には陶器製の龍神の置物が据えてありました。その龍神が素晴らしい勢で、かっと大きな口を開けて居たのが今も眼の前に残って居ります。

 開け放った障子の隙間からはお庭もよく見えましたが、それが又手数の込んだ大そう立派な庭園で、樹草泉石のえも言われぬ配合は、とても筆紙につくせませぬ。京の銀閣寺、金閣寺の庭園も数奇の限りを尽した、大そう贅沢なものとかねてきき及んで居りますので、或る時私はこちらからのぞいて見たことがございますが、龍宮界のお庭に比べるとあれなどはとても段違いのように見受けられました。いかに意匠をこらしても、矢張り現世は現世だけの事しかできないものと見えます……。

 ナニそのお室で乙姫様にお目にかかったか、と仰ッしゃるか――ホホホ大そうお待ち兼ねでございますこと……。ではお庭の話などはこれで切り上げて、早速乙姫様にお目通りをしたお話に移りましょう。――尤も私がその時お目にかかりましたのは、玉依姫様の方で、豊玉姫様ではございませぬ。申すまでもなく龍宮界で第一の乙姫様と仰ッしゃるのが豊玉姫様、第二の乙姫様が玉依姫様、つまりこの両方は御姉妹の間柄ということになって居るのでございますが、何分にも龍宮界の事はあまりにも奥が深く、私にもまだ御両方の関係がよく判って居りませぬ。お二人が果して本当に御姉妹の間柄なのか、それとも豊玉姫の御分霊が玉依姫でおありになるのか、何うもその辺がまだ充分私の腑に落ちないのでございます。ただしそれが何うあろうとも、この御二方が切っても切れぬ、深い因縁の姫神であらせられることは確かでございます。私は其の後幾度も龍宮界に参り、そして幾度も御両方にお目にかかって居りますので、幾分その辺の事情には通じて居るつもりでございます。

 この豊玉姫様と言われる御方は、第一の乙姫様として龍宮界を代表遊ばされる、尊い御方だけに、矢張りどことなく貫禄がございます。何となく、龍宮界の女王様と言った御様子が自然にお躯に備わって居られます。お年齢は二十七八又は三十位にお見受けしますが、もちろん神様に実際のお年齢はありませぬ。ただ私達の眼にそれ位に拝まれるというだけで……。それからお顔は、どちらかといえば下ぶくれの面長、眼鼻立ちの中で何所かが特に取り立てて良いと申すのではなしに、どこもかしこもよく整った、まことに品位の備わった、立派な御標致、そしてその御物越しは至ってしとやか、私どもがどんな無躾な事柄を申上げましても、決してイヤな色一つお見せにならず、どこまでも親切に、いろいろと訓えてくださいます。その御同情の深いこと、又その御気性の素直なことは、どこの世界を捜しても、あれ以上の御方が又とあろうとは思われませぬ。それでいて、奥の方には凛とした、大そうお強いところも自ずと備わっているのでございます。

 第二の乙姫様の方は、豊玉姫様に比べて、お年齢もずっとお若く、やっと二十一か二か位に思われます。お顔はどちらかといえば円顔、見るからに大そうお陽気で、お召物などはいつも思い切った華美造り、丁度桜の花が一時にぱっと咲き出でたというような趣がございます。

 私が初めてお目にかかった時のお服装は、上衣が白の薄物で、それに幾枚かの色物の下着を襲ね、帯は前で結んでダラリと垂れ、その外に幾条かの、ひらひらした長いものを捲きつけて居られました。これまで私どもの知っている服装の中では、一番弁天様のお服装に似て居るように思われました。

 兎に角この両方は龍宮界切っての花形であらせられ、お顔もお気性も、何所やら共通の所があるのでございますが、しかし引きつづいて、幾代かに亘りて御分霊を出して居られる中には、御性質の相違が次第次第に強まって行き、末の人間界の方では、豊玉姫系と玉依姫系との区別が可なりはっきりつくようになって居ります。概して豊玉姫の系統を引いたものは、あまりはしゃいだところがなく、どちらかといええばしとやかで、引込思案でございます。これに反して玉依姫系統の方は至って陽気で、進んで人中にも出かけてまいります。ただ人並みすぐれて情義深いことは、両方に共通の美点で、矢張り御姉妹の血筋は争われないように見受けられます……。

 あれ、又しても話が側路へそれて先走って了いました。これから後へ戻って、私が初めて玉依姫様にお目にかかった時の概況を申上げることに致しましょう。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。