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17、第二の修行場

2010/07/02

 私の最初の修行場――岩屋の中での物語は一と先ずこの辺でくぎりをつけまして、これから第二の山の修行場の方に移ることに致しましょう。修行場の変更などと申しますと、現世式に考えれば、随分億劫な、何やらどさくさした、うるさい仕事のように思われましょうが、こちらの世界の引越しは至極あっさりしたものでございます。それは場所の変更と申すよりは、むしろ境涯の変更、又は気分の変更と申すものかも知れませぬ。現にあの岩屋にしても、最初は何やら薄暗い陰鬱な処のように感ぜられましたが、それがいつとはなしにだんだん明るくなって、最後には全然普通の明るさ、些しも穴の内部という感じがしなくなり、それに連れて私自身の気持もずっと晴れやかになり、戸外へ出掛けて漫歩でもして見たいというような風になりました。たしかにこちらでは気分と境涯とがぴッたり一致しているもののように感ぜられます。

 ある日私がいつになく統一の修行に倦きて、岩屋の入口まで何とはなしに歩み出た時のことでございました。ひょっくりそこへ現われたのが例の指導役のお爺さんでした。――

『そなたは戸外へ出たがっているようじゃナ。』

 図星をさされて私は少しきまりが悪く感じました。

『お爺さま、何ういうものか今日は気が落付かないで困るのでございます……。私はどこかへ遊びに出掛けたくなりました。』

『遊びに出たい時には出ればよいのじゃ。俺がよい場所へ案内してあげる……。』

 お爺さんまでが今日はいつもよりも晴々しい面持で誘って下さいますので、私も大へんうれしい気分になって、お爺さんの後について出掛けました。

 岩屋から少し参りますと、モーそこはすぐ爪先上りになって、右も左も、杉や松や、その他の常盤木のしんしんと茂った、相当険しい山でございます。あの、現界の景色と同一かと仰ッしゃるか……左様でございます。格別異っても居りませぬが、ただ現界の山よりは何やら奥深く、神さびて、ものすごくはないかと感じられる位のものでございます。私達の辿る小路のすぐ下は薄暗い谿谷になって居て、樹叢の中をくぐる水音が、かすかにさらさらと響いていましたが、気の故か、その水音までが何となく沈んで聞えました。

『モー少し行った所に大へんに良い山の修行場がある。』とお爺さんは道々私に話しかけます。

『多分そちの気に入るであろうと思うが、兎も角も一応現場へ行って見るとしようか……。』

『何卒お願い致します……。』

 私はただちょっと見物する位のつもりで軽く御返答をしたのでした。

 間もなく一つの険しい坂を登りつめると、其処はやや平坦な崖地になっていました。そして四辺にはとても枝ぶりのよい、見上げるような杉の大木がぎッしりと立ち並んで居りましたが、その中の一番大きい老木には注連縄が張ってあり、そしてその傍に白木造りの、小さい建物がありました。四方を板囲いにして、僅かに正面の入口のみを残し、内部は三坪ばかりの板敷、屋根は丸味のついたこけら葺き、どこにも装飾らしいものはないのですが、ただすべてがいかにも神さびて、屋根にも、柱にも、古い苔が厚く蒸して居り、それが塵一つなき、飽まで浄らかな環境としっくり融け合って居りますので、実に何ともいえぬ落付きがありました。私は覚えず叫びました。

『まァ何という結構な所でございましょう! 私、こんなところで暮しとうございます……。』

 するとお爺さんは満足らしい微笑を老顔に湛へて、徐ろに言われました。――

『実はここがそちの修行場なのじゃ。モー別に下の岩屋に帰るにも及ばぬ。早速内部へ入って見るがよい。何も彼も一切取り揃えてあるから……。』

 私はうれしくもあれば、また意外でもあり、言わるるままに急いで建物の内部へ入って見ますと、中央正面の白木の机の上には果して日頃信仰の目標である、例の御神鏡がいつの間にか据えられて居り、そしてその側には、私の母の形見の、あのなつかしい懐剣までもきちんと載せられてありました。

 私はわれを忘れて御神前に拝跪して心から感謝の言葉を述べたことでございました。

 大体これが岩屋の修行場から山の修行場へ引越した時の実況でございます。現世の方から見れば一片の夢物語のように聴えるでございましょうが、そこが現世と幽界との相違なのだから何とも致方がございませぬ。私どもとても、幽界に入ったばかりの当座は、何やらすべてがたよりなく、又飽気なく思われて仕方がなかったもので……。しかしだんだん慣れて来ると矢張りこちらの生活の方が結構に感じられて来ました。僅か半里か一里の隣りの村に行くのにさえ、やれ従者だ、輿物だ、御召換だ……、半日もかかって大騒ぎをせねばならぬような、あんな面倒臭い現世の生活を送りながら、よくも格別の不平も言わずに暮らせたものである……。私はだんだんそんな風に感ずるようになったのでございます。何れ、あなた方にも、その味がやがてお判りになる時が参ります……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。