44、天狗の性来

 さてこの天狗と申すものの性来――これはどこまで行っても私どもには一つの大きな謎で、査べれば査べるほど腑に落ちなくなるようなところがございます。兎も角、私があの時、天狗の頭目に就いて問いただしたところに基き、ざっとそのお話しを致して見ることにしましょう。

 先ず天狗の姿から申し上げましょう。前にものべた通り、天狗は時と場合で、人間その他いろいろなものの姿に上手に化けます。かく申す私なども最初はうっかりその手に乗せられましたもので……。しかし近頃ではもうそんな拙な真似はいたしません。天狗がどんな立派な姿に化けていても、すぐその正体を看破して了います。大体に於て申しますと、天狗の正体は人間よりは少し大きく、そして人間よりは寧ろ獣に似て居り、普通全身が毛だらけでございます。天狗の中のごくごく上等のもののみが人間に近い姿をして居りますようで……。

 但しこれは姿のある天狗に就いて申したのでございます。天狗の中には姿を有たないのもございます。それは青味がかった丸い魂で、直径は三寸位でございましょうか。現に私どもが天狗界の修行場に居った時にも、三つ四つ樹の枝にひっついて光って居りました。

『あれはモーすっかり修行が積んで、姿を棄てた天狗達でござる……。』

 天狗の頭目はそう私に説明してくれました。

 天狗の姿も不思議でございますが、その生立は一層不思議でございます。天狗には別に両親というものがなく、人間が地上に発生した、遠い遠い原始時代に、斯ういうものも必要であろうという神様の思召で言わば一種の副産物として生れたものだと申すことでございます。天狗の頭目も『自分達は人間になり切れなかった魂でござる……。』と、あっさり告白して居りました。私はそれをきいた時に、何やら天狗さんに対して気の毒に感じられたのでございました。

 兎も角も斯んな手続きで生れたのでございますから、天狗というものは全部中性……つまり男性でも、又女性でもないのでございます。これでは天狗の気持が容易に人間にのみ込めない筈でございます。人間の世界は、主従、親子、夫婦、兄弟、姉妹等の複雑った関係で、色とりどりの綾模様を織り出して居りますが、天狗の世界はそれに引きかえて、どんなにも一本調子、又どんなにも殺風景なことでございましょう。天狗の生活に比べたら、女人禁制の禅寺、男子禁制の尼寺の生活でも、まだどんなにも人情味たっぷりなものがありましょう。『全く不思議な世界があればあるもの……。』私はつくづくそう感じたのでございました。

 斯く天狗は本来中性ではありますが、しかし性質からいえば、非常に男らしく武張ったのと、又非常に女らしく優さしいのとの区別があり、化る姿もそれに準じて、或は男になったり、或は女になったりするとのことでございます。日本と申す国は古来尚武の気性に富んだお国柄である為め、武芸、偵察、戦争の駈引等にすぐれた、つまり男性的の天狗さんは殆んど全部この国に集って了い、いざとなれば目覚ましい働きをしてくれますので、その点大そう結構でございますが、ただ愛とか、慈悲とか言ったような、優さしい女性式の天狗は、あまりこの国には現われず、大部分外国の方へ行って了っているようでございます。西洋の人が申す天使――あれにはいろいろ等差があり、偶には高級の自然霊を指している場合もありますが、しかしちょいちょい病床に現われたとか、画家の眼に映ったとかいうのは、大てい女性化した天狗さんのようでございます。

 大体天狗の働きはそう大きいものではないらしく、普通は人間に憑って小手先きの仕事をするのが何より得意だと申すことでございます。偶には局部的の風位は起せても、大きな自然現象は大抵皆龍神さんの受持にかかり、とても天狗にはその真似ができないと申すことでございます。

 最後に私があの時天狗さんの頭目からきかされた、人浚いの秘伝をお伝えして置きましょう。

『人を浚うということが本当にできるものでございますか?』

 そう私が訊ねますと、天狗の頭目はいとど得意の面持で、斯んな風に説明してくれたのでした。――

『あれは本当といえば本当、ゴマカシといえばゴマカシでござる。われわれは肉体ぐるみ人間を遠方へ連れて行くことはめったにござらぬ。肉体は通例附近の森蔭や神社の床下などに隠し置き、ただ引き抽いた魂のみを遠方に連れ出すものでござる。人間というものは案外感じの鈍いもので、自分の魂が体から出たり、入ったりすることに気づかず、魂のみで経験したことを、宛かも肉体ぐるみ実地に見聞したように勘違いして、得意になって居るもので……。側でそれを見るのはよほど滑稽な感じがするものでござる……。』


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


コメントは受け付けていません。

2010年7月
« 6月   8月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  
小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。