43、天狗の力業

 斯んな風に物語ると、すべてがいかにも人間界の出来事のように見えて、おかしなものでございますが、もちろんこの天狗さんは、私達に見せる為めに、態と人間の姿に化けて、そして人間らしい挨拶をして居たのでございます。道場だって同じこと、天狗さんに有形の道場は要らない筈でございますが、種がなくては掴まえどころがなさ過ぎますから、人間界の剣術の道場のようなものを仮りに造り上げて私達に見せたのでございましょう。すべて天狗に限らず、幽界の住人は化るのが上手でございますから、あなた方も何卒そのおつもりで、私の物語をきいて戴き度う存じます。さもないと、すべてが一篇のお伽噺のように見えて、さっぱり値打ちがないものになりそうでございます。

 それはそうと、私達がその時面会した天狗さんの頭目というのは、仲間でもなかなか力のある傑物だそうでございまして、お爺さんが何か一つ不思議な事を見せてくれと依みますと、早速二つ返事で承諾してくれました。

『われわれの芸と申すは先ずざっと斯んなもので……。』

 言うより早く天狗さんは電光のように道場から飛び出したと思う間もなく、忽ちするすると庭前に聳えている、一本の杉の大木に駆け上りました。それは丁度人間が平地を駆けると同じく、指端一つ触れずに、大木の幹をば蹴って、空へ向けて駆け上るのでございますが、その迅さ、見事さ、とても筆や言葉につくせる訳のものではありませぬ。私は覚えず坐席から立ち上って、呆れて上方を見上げましたが、その時はモー天狗さんの姿が頂辺の枝の茂みの中に隠れて了って、どこに居るやら判らなくなって居ました。

 と、やがて梢の方で、バリバリという高い音が致します。

『木の枝を折っているナ……。』

 お爺さんがそう言われている中に、天狗さんは直径一尺もありそうな、長い大きな杉の枝を片手にして、二三十丈の虚空から、ヒラリと身を躍らして私の見ている、すぐ眼の前に降り立ちました。

『いかがでござる……人間よりも些と腕ぶしが強いでござろうが……。』

 いとど得意な面持で天狗さんはそう言って、つづいて手にせる枝をば、あたかもそれが芋殻でもあるかのように、片端からひきっては棄て、引きっては棄て、すっかり粉々にして了いました。

 が、私としては天狗さんの力量に驚くよりも、寧しろその飽くまで天真爛漫な無邪気さに感服して了いました。

『あんな鹿爪らしい顔をしているくせに、その心の中は何という可愛いものであろう! これなら神様のお使者としてお役に立つ筈じゃ……。』

 私は心の裡でそんなことを考えました。私が天狗さんを好きになったのは全くこの時からでございます。尤も天狗と申しましても、それには矢張り沢山の階段があり、質のよくない、修行未熟の野天狗などになると、神様の御用どころか、つまらぬ人間を玩具にして、どんなに悪戯をするか知れませぬ。そんなのは私としても勿論大嫌いで、皆様も成るべくそんな悪性の天狗にはかかり合われぬことを心からお願い致します。が、困ったことに、私どもがこちらから人間の世界を覗きますと、つまらぬ野天狗の捕虜になっている方々が随分沢山居られますようで……。大きなお世話かは存じませぬが、私は蔭ながら皆様の為めに心を痛めて居るのでございます。くれぐれも天狗とお交際になるなら、できるだけ強い、正しい、立派な天狗をお選びなさいませ。まごころから神様にお願いすれば、きっとすぐれたのをお世話して下さるものと存じます……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。