42、天狗界探検

 あまり面会談ばかりつづいたようでございますから、今度は少し模様をかえて、その頃修行の為めに私がこちらで探検に参りました、珍らしい境地のお話をすることにいたしましょう。こちらの世界には、現世とは全く異った、それはそれは変ったものが住んで居るところがあるのでございます。それがあまりにも飛び離れ過ぎていますので、あなた方は事によると半信半疑、よもやとお考えになられるか存じませぬが、これが事実であって見れば、自分の考で勝手に手加減を加える訳にもまいりませぬ。あなた方がそれを受け入れるか、入れないかは全く別として、兎も角も私の眼に映じたままを率直に述べて見ることに致します。

『今日は天狗の修行場に連れて行く……。』

 ある日例の指導役のお爺さんが私にそう言われます。私には天狗などというものを別に見たいという考もないのでございましたが、それが修行の為めとあればお断りするのもドーかと思い、浮かぬ気分で、黙ってお爺さんの後について、山の修行場を出掛けました。

 いつもとは異なり、その日は修行場の裏山から、奥へ奥へ奥へとどこまでも険阻な山路を分け入りました。こちらの世界では、どんな山坂を登り降りしても格別疲労は感じませぬが、しかし何やらシーンと底冷えのする空気に、私は覚えず総毛立って、躯がすくむように感じました。

『お爺さま、ここはよほどの深山なのでございましょう……私はぞくぞくしてまいりました……。』

『寒く感ずるのは山が深いからではない。ここはもうそろそろ天狗界に近いので、一帯の空気が自ずと異って来たのじゃ。大体天狗界は女人禁制の場所であるから汝にはあまり気持が宜しくあるまい……。』

『よもや天狗さんが怒って私を浚って行くようなことはございますまい……。』

『その心配は要らぬ。今日は神界からのお指図を受けて尋ねるのであるから、立派なお客様扱いを受けるであろう。二度と斯うした所に来ることもあるまいから、よくよく気をつけて天狗界の状況をさぐり、又不審の点があったら遠慮なく天狗の頭目に訊ねて置くがよいであろう……。』

 やがて古い古い杉木立がぎっしりと全山を蔽いつくして、昼尚お暗い、とてもものすごい所へさしかかりました。私はますます全身に寒気を感じ、心の中では逃げて帰りたい位に思いましたが、それでもお爺さんが一向平気でズンズン足を運びますので、漸との思いでついて参りますと、いつしか一軒の家屋の前へ出ました。それは丸太を切り組んで出来た、やっと雨露を凌ぐだけの、極めてざっとした破屋で、広さは畳ならば二十畳は敷ける位でございましょう。が、もちろん畳は敷いてなく、ただ荒削りの厚板張りになって居りました。

『ここが天狗の道場じゃ。人間の世界の剣術道場によく似て居るであろうが……。』

 そんなことを言ってお爺さんは私を促して右の道場へ歩み入りました。

 と見ると、室内には白衣を着た五十余歳と思わるる一人の修験者らしい人物が居て、鄭重に腰をかがめて私達を迎えました。

『良うこそ……。かねてのお達しで、あなた方のお出でをお待ち受けして居りました。』

 私は直ちにこれが天狗さんの頭目であるな、と悟りましたが、かねて想像して居たのとは異って、格別鼻が高い訳でもなく、ただ体格が普通人より少し大きく、又眼の色が人を射るように強い位の相違で、そしてその総髪にした頭の上には例の兜巾がチョコンと載って居りました。

『女人禁制の土地柄、格別のおもてなしとてでき申さぬ。ただいささか人間離れのした、一風変っているところがこの世界の御馳走で……。』

 案外にさばけた挨拶をして、笑顔を見せてくれましたので、私も大へんに心が落つき、天狗さんというものは割合にやさしい所もあるものだと悟りました。

『今日はとんだお邪魔を致しまする。では御免遊ばしませ……。』

 私は履物を脱いで、とうとう天狗さんの道場に上り込んで了いました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。