‘2010/07’ カテゴリーのアーカイブ

46、龍神の生活

2010/07/31

 私はひるまず質問をつづけました。――

問 『龍神にも人間のように死ぬことがございますか?』

答 『人間界にて考えているような、所謂死というものはもちろんない。あれは物質の世界のみに起る、一つのうるさい手続なのじゃ。――が、龍神の躯にも一つの変化が起るのは事実である。そなたも知る蛇の脱殻――丁度あれに似た薄い薄い皮が、龍神の躯から脱けて落ちるのじゃ。龍神は通例しッとりした沼地のような所でその皮を脱ぎすてる……。』

問 『龍神さんの分霊が人体に宿ることは、今日では絶対に無いのでございますか?』

答 『龍神の分霊が直接人体に宿って、人間として生れるということは絶対にないと言ってよい……。が、一人の幼児が母胎に宿った時に、同一系統の龍神がその幼児の守護霊又は司配霊として働くことは決して珍らしいことでもない。それが龍神として大切な修業の一つでもあるのじゃ……。』

問 『龍神にも成年期がございますか。』

答 『それはある。龍神とて修行を積まねば一人前にはなれない……。』

問 『大体成年期は何歳位でございますか?』

答 『これはいかにも無理な質問じゃ。本来こちらの世界に年齢はないのじゃから……。が、人間の年齢に直して見たら、はっきりとは判らぬが、凡そ五六百年位のところであろうか……。』

問 『矢張り人間のように婚礼の式などもございますもので……。』

答 『人間界の儀式とは異うが、矢張り夫婦になる時には定まった礼儀があり、そして上の龍神様からのお指図を受ける……。』

問 『矢張り一夫一婦が規則でございますか?』

答 『無論それが規則じゃ。修行の積んだ、高い龍神となれば、決してこの規律に背くようなことはせぬ。しかし乍ら霊格の低い龍神の間にはそうのみも言われぬ節がある……。』

問 『生れるのは矢張り一体づつでございますか?』

答 『一体が普通じゃ、双生児などはめったにない……。』

問 『お産ということもありますもので……。』

答 『妊娠する以上お産もある。その際、女性の龍神は大抵どこかに姿を隠すもので……。』

問 『一対の夫婦の間に生れる子供の数はどれ位でございましょうか?』

答 『それは判らぬ。通例よほど沢山で、幾人と勘定はしかねるのじゃ。』

問 『年齢を取れば矢張り子供を生まぬようになるものでございますか?』

答 『年齢を取るからではない、浄化するから子供を生まぬようになるのじゃ……。』

問 『浄化したのと、浄化しないのとの区別は、何うして見分けられますか? 矢張り色でございますか?』

答 『左様、色で一番よく判る。最初生れたての龍神は皆茶ッぽい色をして居る。その次ぎは黒、その黒味が次第に薄れて消炭色になり、そして蒼味が加わって来る。そなたも知る通り、多く見受ける龍神は大てい蒼黒い色をして居るであろうが……。それが一段向上すると浅黄色になり、更に又向上すると、あらゆる色が薄らいで了って、何ともいえぬ神々しい純白色になって来る。白龍になるのには大へんな修行、大へんな年代を重ねねばならぬ……。』

問 『夫婦になるのは大ていどの辺の色でございますか?』

答 『色には拠らぬ。黒は黒同志で夫婦になり、そしていつまで経っても黒が脱けないのも少くない……。』

問 『男女の区別は主に何処で判りますか?』

答 『角が一番の目標じゃ。角のあるのは男、角のないのは女……。』

問 『夫婦の龍神は矢張り同棲するものでございますか?』

答 『龍神にとりて、一緒に棲む、棲まぬは問題でない。龍神の生活は自由自在、人間のように少しも場所などには縛られない。』

問 『生れたばかりの子供は何うして居りまするか?』

答 『しばらくは母親の手元に置かれるが、やがて修業場の方で引取るのじゃ。』

問 『何ういう訳で池を修行場にしてあるのでございますか?』

答 『池は一種の行場じゃ。人間界の御禊と同じく、水で浄められる意味にもなって居るのでナ……。』


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


45、龍神の修行場

2010/07/30

 天狗界の探検に引きつづいて、私は指導役のお爺さんから、龍神の修行場の探検を命ぜられました。――

『いつかは龍宮界への道すがら、ちょっと龍神の修行場をのぞかしたこともあるが、あれではあまりにあっけなかった。もう一度汝を彼所へ連れて行くとしょう。あの修行場には一人の老練な監督者が居るから、不審の点は何なりとそれに訊ねるがよい。』

『そのお方も矢張り龍神さんでございますか……。』

『無論そうじゃ。が、俺と同様、人間と面会する時は人間の姿に化けて居る……。』

 一度行ったことのある境地でございますから、道中の見物は一切ヌキにして、私達は一と思いに、あのものすごい龍神の湖水の辺へ出て了いました。こちらの世界では遅く歩くも、速く歩くも、すべて自分の勝手で、そこはまことに便利でございます。

 と見ると、水辺の、とある巨大な巌の上には六十前後と見ゆる、一人の老人が、佇んで私達の来るのを待って居りました。服装その他大体は私の案内役のお爺さんに似たり寄ったり、ただいくらか肉附きがよく、年輩も二つ三つ若いように見えました。それが監督の龍神さんであることはここに断るまでもありますまい。

 一応簡単な挨拶を済ませてから、私は早速右の監督のお爺さんに話かけました。――

『修行場の模様はいつか拝見させて戴きましたので、今日はむしろ龍神さんの生活につきて、いろいろ腑に落ちかねる点を伺いたいのでございますが……。』

『何なりと訊ねて貰います。研究の為めとあれば、俺の方でもそのつもりで、差支なき限り何も彼も打ち明けて話すことにしましょう。龍神の世界は人間界とは大分に勝手が異うから、訊く方でも成るべくまごつかぬように……。』

 あっさりとさばけた態度で、そう言われましたので、私の方でもすっかり安心して、思い浮ぶまま無遠慮にいろいろな事をおききしました、その時の問答の全部をここでお伝えする訳にもまいり兼ねますが、ただあなた方の御参考になりそうな個所は、成るべく洩なく拾い出しましょう。

問 『龍神の子供は現在でも矢張り生れているのでございますか?』

答 『人間の世界で子供が生れるように、こちらでもズンズン殖えます……。』

問 『生れたての若い龍神の躯はどんな躯でございますか?』

答 『別に変った躯でもないが、しかし人間からいえばつまり一の幽体、もちろん肉眼で見ることはできぬ。大さは普通三尺もあろうか……しかし伸縮は自由自在であるから、言わば大さが有って無いようなものじゃ……。』

問 『蛇とは何う異いますか?』

答 『蛇はもともと地上の下級動物、形も、性質も、資格も龍神とは全く別物じゃ。蛇がいかに功労経たところで龍神になれる訳のものでない……。』

問 『龍神さんは矢張り人間の御先祖なのでございますか?』

答 『左様、先祖といえば先祖であるが、寧ろ人間の遠祖、人間の創造者と言ったがよいであろう。つまり龍神がそのまま人間に変化したのではない。龍神がその分霊を地上に降して、ここに人類という、一つの新らしい生物を造り出したのじゃ。』

問 『只今でも龍神さんはそう言ったお仕事をなさいますか?』

答 『イヤこれは最初人類を創造り出す時の、ごく遠い大古の神業であって、今日では最早やその必要はなくなった。そなたも知るとおり人間の男女は立派に人間の子を生んで居るであろうが……。』

 そう言ってお爺さんはにっこりともせず、正面から私に鋭い一瞥を与えられました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

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※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

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44、天狗の性来

2010/07/29

 さてこの天狗と申すものの性来――これはどこまで行っても私どもには一つの大きな謎で、査べれば査べるほど腑に落ちなくなるようなところがございます。兎も角、私があの時、天狗の頭目に就いて問いただしたところに基き、ざっとそのお話しを致して見ることにしましょう。

 先ず天狗の姿から申し上げましょう。前にものべた通り、天狗は時と場合で、人間その他いろいろなものの姿に上手に化けます。かく申す私なども最初はうっかりその手に乗せられましたもので……。しかし近頃ではもうそんな拙な真似はいたしません。天狗がどんな立派な姿に化けていても、すぐその正体を看破して了います。大体に於て申しますと、天狗の正体は人間よりは少し大きく、そして人間よりは寧ろ獣に似て居り、普通全身が毛だらけでございます。天狗の中のごくごく上等のもののみが人間に近い姿をして居りますようで……。

 但しこれは姿のある天狗に就いて申したのでございます。天狗の中には姿を有たないのもございます。それは青味がかった丸い魂で、直径は三寸位でございましょうか。現に私どもが天狗界の修行場に居った時にも、三つ四つ樹の枝にひっついて光って居りました。

『あれはモーすっかり修行が積んで、姿を棄てた天狗達でござる……。』

 天狗の頭目はそう私に説明してくれました。

 天狗の姿も不思議でございますが、その生立は一層不思議でございます。天狗には別に両親というものがなく、人間が地上に発生した、遠い遠い原始時代に、斯ういうものも必要であろうという神様の思召で言わば一種の副産物として生れたものだと申すことでございます。天狗の頭目も『自分達は人間になり切れなかった魂でござる……。』と、あっさり告白して居りました。私はそれをきいた時に、何やら天狗さんに対して気の毒に感じられたのでございました。

 兎も角も斯んな手続きで生れたのでございますから、天狗というものは全部中性……つまり男性でも、又女性でもないのでございます。これでは天狗の気持が容易に人間にのみ込めない筈でございます。人間の世界は、主従、親子、夫婦、兄弟、姉妹等の複雑った関係で、色とりどりの綾模様を織り出して居りますが、天狗の世界はそれに引きかえて、どんなにも一本調子、又どんなにも殺風景なことでございましょう。天狗の生活に比べたら、女人禁制の禅寺、男子禁制の尼寺の生活でも、まだどんなにも人情味たっぷりなものがありましょう。『全く不思議な世界があればあるもの……。』私はつくづくそう感じたのでございました。

 斯く天狗は本来中性ではありますが、しかし性質からいえば、非常に男らしく武張ったのと、又非常に女らしく優さしいのとの区別があり、化る姿もそれに準じて、或は男になったり、或は女になったりするとのことでございます。日本と申す国は古来尚武の気性に富んだお国柄である為め、武芸、偵察、戦争の駈引等にすぐれた、つまり男性的の天狗さんは殆んど全部この国に集って了い、いざとなれば目覚ましい働きをしてくれますので、その点大そう結構でございますが、ただ愛とか、慈悲とか言ったような、優さしい女性式の天狗は、あまりこの国には現われず、大部分外国の方へ行って了っているようでございます。西洋の人が申す天使――あれにはいろいろ等差があり、偶には高級の自然霊を指している場合もありますが、しかしちょいちょい病床に現われたとか、画家の眼に映ったとかいうのは、大てい女性化した天狗さんのようでございます。

 大体天狗の働きはそう大きいものではないらしく、普通は人間に憑って小手先きの仕事をするのが何より得意だと申すことでございます。偶には局部的の風位は起せても、大きな自然現象は大抵皆龍神さんの受持にかかり、とても天狗にはその真似ができないと申すことでございます。

 最後に私があの時天狗さんの頭目からきかされた、人浚いの秘伝をお伝えして置きましょう。

『人を浚うということが本当にできるものでございますか?』

 そう私が訊ねますと、天狗の頭目はいとど得意の面持で、斯んな風に説明してくれたのでした。――

『あれは本当といえば本当、ゴマカシといえばゴマカシでござる。われわれは肉体ぐるみ人間を遠方へ連れて行くことはめったにござらぬ。肉体は通例附近の森蔭や神社の床下などに隠し置き、ただ引き抽いた魂のみを遠方に連れ出すものでござる。人間というものは案外感じの鈍いもので、自分の魂が体から出たり、入ったりすることに気づかず、魂のみで経験したことを、宛かも肉体ぐるみ実地に見聞したように勘違いして、得意になって居るもので……。側でそれを見るのはよほど滑稽な感じがするものでござる……。』


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

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43、天狗の力業

2010/07/28

 斯んな風に物語ると、すべてがいかにも人間界の出来事のように見えて、おかしなものでございますが、もちろんこの天狗さんは、私達に見せる為めに、態と人間の姿に化けて、そして人間らしい挨拶をして居たのでございます。道場だって同じこと、天狗さんに有形の道場は要らない筈でございますが、種がなくては掴まえどころがなさ過ぎますから、人間界の剣術の道場のようなものを仮りに造り上げて私達に見せたのでございましょう。すべて天狗に限らず、幽界の住人は化るのが上手でございますから、あなた方も何卒そのおつもりで、私の物語をきいて戴き度う存じます。さもないと、すべてが一篇のお伽噺のように見えて、さっぱり値打ちがないものになりそうでございます。

 それはそうと、私達がその時面会した天狗さんの頭目というのは、仲間でもなかなか力のある傑物だそうでございまして、お爺さんが何か一つ不思議な事を見せてくれと依みますと、早速二つ返事で承諾してくれました。

『われわれの芸と申すは先ずざっと斯んなもので……。』

 言うより早く天狗さんは電光のように道場から飛び出したと思う間もなく、忽ちするすると庭前に聳えている、一本の杉の大木に駆け上りました。それは丁度人間が平地を駆けると同じく、指端一つ触れずに、大木の幹をば蹴って、空へ向けて駆け上るのでございますが、その迅さ、見事さ、とても筆や言葉につくせる訳のものではありませぬ。私は覚えず坐席から立ち上って、呆れて上方を見上げましたが、その時はモー天狗さんの姿が頂辺の枝の茂みの中に隠れて了って、どこに居るやら判らなくなって居ました。

 と、やがて梢の方で、バリバリという高い音が致します。

『木の枝を折っているナ……。』

 お爺さんがそう言われている中に、天狗さんは直径一尺もありそうな、長い大きな杉の枝を片手にして、二三十丈の虚空から、ヒラリと身を躍らして私の見ている、すぐ眼の前に降り立ちました。

『いかがでござる……人間よりも些と腕ぶしが強いでござろうが……。』

 いとど得意な面持で天狗さんはそう言って、つづいて手にせる枝をば、あたかもそれが芋殻でもあるかのように、片端からひきっては棄て、引きっては棄て、すっかり粉々にして了いました。

 が、私としては天狗さんの力量に驚くよりも、寧しろその飽くまで天真爛漫な無邪気さに感服して了いました。

『あんな鹿爪らしい顔をしているくせに、その心の中は何という可愛いものであろう! これなら神様のお使者としてお役に立つ筈じゃ……。』

 私は心の裡でそんなことを考えました。私が天狗さんを好きになったのは全くこの時からでございます。尤も天狗と申しましても、それには矢張り沢山の階段があり、質のよくない、修行未熟の野天狗などになると、神様の御用どころか、つまらぬ人間を玩具にして、どんなに悪戯をするか知れませぬ。そんなのは私としても勿論大嫌いで、皆様も成るべくそんな悪性の天狗にはかかり合われぬことを心からお願い致します。が、困ったことに、私どもがこちらから人間の世界を覗きますと、つまらぬ野天狗の捕虜になっている方々が随分沢山居られますようで……。大きなお世話かは存じませぬが、私は蔭ながら皆様の為めに心を痛めて居るのでございます。くれぐれも天狗とお交際になるなら、できるだけ強い、正しい、立派な天狗をお選びなさいませ。まごころから神様にお願いすれば、きっとすぐれたのをお世話して下さるものと存じます……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

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42、天狗界探検

2010/07/27

 あまり面会談ばかりつづいたようでございますから、今度は少し模様をかえて、その頃修行の為めに私がこちらで探検に参りました、珍らしい境地のお話をすることにいたしましょう。こちらの世界には、現世とは全く異った、それはそれは変ったものが住んで居るところがあるのでございます。それがあまりにも飛び離れ過ぎていますので、あなた方は事によると半信半疑、よもやとお考えになられるか存じませぬが、これが事実であって見れば、自分の考で勝手に手加減を加える訳にもまいりませぬ。あなた方がそれを受け入れるか、入れないかは全く別として、兎も角も私の眼に映じたままを率直に述べて見ることに致します。

『今日は天狗の修行場に連れて行く……。』

 ある日例の指導役のお爺さんが私にそう言われます。私には天狗などというものを別に見たいという考もないのでございましたが、それが修行の為めとあればお断りするのもドーかと思い、浮かぬ気分で、黙ってお爺さんの後について、山の修行場を出掛けました。

 いつもとは異なり、その日は修行場の裏山から、奥へ奥へ奥へとどこまでも険阻な山路を分け入りました。こちらの世界では、どんな山坂を登り降りしても格別疲労は感じませぬが、しかし何やらシーンと底冷えのする空気に、私は覚えず総毛立って、躯がすくむように感じました。

『お爺さま、ここはよほどの深山なのでございましょう……私はぞくぞくしてまいりました……。』

『寒く感ずるのは山が深いからではない。ここはもうそろそろ天狗界に近いので、一帯の空気が自ずと異って来たのじゃ。大体天狗界は女人禁制の場所であるから汝にはあまり気持が宜しくあるまい……。』

『よもや天狗さんが怒って私を浚って行くようなことはございますまい……。』

『その心配は要らぬ。今日は神界からのお指図を受けて尋ねるのであるから、立派なお客様扱いを受けるであろう。二度と斯うした所に来ることもあるまいから、よくよく気をつけて天狗界の状況をさぐり、又不審の点があったら遠慮なく天狗の頭目に訊ねて置くがよいであろう……。』

 やがて古い古い杉木立がぎっしりと全山を蔽いつくして、昼尚お暗い、とてもものすごい所へさしかかりました。私はますます全身に寒気を感じ、心の中では逃げて帰りたい位に思いましたが、それでもお爺さんが一向平気でズンズン足を運びますので、漸との思いでついて参りますと、いつしか一軒の家屋の前へ出ました。それは丸太を切り組んで出来た、やっと雨露を凌ぐだけの、極めてざっとした破屋で、広さは畳ならば二十畳は敷ける位でございましょう。が、もちろん畳は敷いてなく、ただ荒削りの厚板張りになって居りました。

『ここが天狗の道場じゃ。人間の世界の剣術道場によく似て居るであろうが……。』

 そんなことを言ってお爺さんは私を促して右の道場へ歩み入りました。

 と見ると、室内には白衣を着た五十余歳と思わるる一人の修験者らしい人物が居て、鄭重に腰をかがめて私達を迎えました。

『良うこそ……。かねてのお達しで、あなた方のお出でをお待ち受けして居りました。』

 私は直ちにこれが天狗さんの頭目であるな、と悟りましたが、かねて想像して居たのとは異って、格別鼻が高い訳でもなく、ただ体格が普通人より少し大きく、又眼の色が人を射るように強い位の相違で、そしてその総髪にした頭の上には例の兜巾がチョコンと載って居りました。

『女人禁制の土地柄、格別のおもてなしとてでき申さぬ。ただいささか人間離れのした、一風変っているところがこの世界の御馳走で……。』

 案外にさばけた挨拶をして、笑顔を見せてくれましたので、私も大へんに心が落つき、天狗さんというものは割合にやさしい所もあるものだと悟りました。

『今日はとんだお邪魔を致しまする。では御免遊ばしませ……。』

 私は履物を脱いで、とうとう天狗さんの道場に上り込んで了いました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

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41、海神の怒り

2010/07/26

 私が伺った橘姫のお物語の中には、まだいろいろお伝えしたいことがございますが、とても一度に語りつくすことはできませぬ。何れ又良い機会がありましたら改めてお漏しすることとして、ただあの走水の海で御入水遊ばされたお話だけは、何うあっても省く訳にはまいりますまい。あれこそはひとりこの御夫婦の御一代を飾る、尤も美しい事蹟であるばかりでなく、又日本の歴史の中での飛び切りの美談と存じます。私は成るべく姫のお言葉そのままをお取次ぎすることに致します。

『わたくし達が海辺に降り立ったのはまだ朝の間のことでございました。風は少し吹いて居りましたが、空には一点の雲もなく、五六里もあろうかと思わるる広い内海の彼方には、総の国の低い山々が絵のようにぽっかりと浮んで居りました。その時の私達の人数はいつもよりも小勢で、かれこれ四五十名も居ったでございましょうか。仕立てた船は二艘、どちらも堅牢な新船でございました。

『一同が今日の良き船出を寿ぎ合ったのもほんの束の間、やや一里ばかりも陸を離れたと覚しき頃から、天候が俄かに不穏の模様に変って了いました。西北の空からどっと吹き寄せる疾風、見る見る船はグルリと向きをかえ、人々は瀧なす飛沫を一ぱいに浴びました。それにあの時の空模様の怪しさ、赭黒い雲の峰が、右からも左からも、もくもくと群がり出でて満天に折り重なり、四辺はさながら真夜中のような暗さに鎖されたと思う間もなく、白刃を植えたような稲妻が断間なく雲間に閃き、それにつれてどっと降りしきる大粒の雨は、さながら礫のように人々の面を打ちました。わが君をはじめ、一同はしきりに舟子達を励まして、暴れ狂う風浪と闘いましたが、やがて両三人は浪に呑まれ、残余は力つきて船底に倒れ、船はいつ覆るか判らなくなりました。すべてはものの半刻と経たぬ、ほんの僅かの間のことでございました。

『かかる場合にのぞみて、人間の依むところはただ神業ばかり……。私は一心不乱に、神様にお祈祷をかけました。船のはげしき動揺につれて、幾度となく投げ出さるる私の躯――それでも私はその都度起き上りて、手を合せて、熱心に祈りつづけました。と、忽ち私の耳にはっきりとした一つの囁き、『これは海神の怒り……今日限り命の生命を奪る……。』覚えずはっとして現実にかえれば、耳に入るはただすさまじきすさまじき浪の音、風の叫び――が、精神を鎮めると又もや右の怪しき囁きがはっきりと耳に聞えてまいります……。

『二度、三度、五度……幾度くりかえしてもこれに間違のないことが判った時に、私はすべてを命に打ち明けました。命は日頃の、あの雄々しい御気性とて「何んの愚かなこと!」とただ一言に打ち消して了われましたが、ただいかにしても打ち消し得ないのは、いつまでも私の耳にきこゆるあの不思議の囁きでございました。私はとうとう一存で、神様にお縋りしました。「命は御国にとりてかけがえのない、大切の御身の上……何卒この数ならぬ女の生命を以て命の御生命にかえさせ玉え……。」二度、三度この祈りを繰りかえして居る内に、私の胸には年来の命の御情思がこみあげて、私の両眼からは涙が瀧のように溢れました。一首の歌が自ずと私の口を突いて出たのもその時でございます。真嶺刺し、相摸の小野に、燃ゆる火の、火中に立ちて、問いし君はも……。

『右の歌を歌い終ると共に、いつしか私の躯は荒れ狂う波間に跳って居りました、その時ちらと拝したわが君のはっと愕かれた御面影――それが現世での見納めでございました。』


 橘姫の御物語は一と先ずこれにて打ち切りといたしますが、ただ私として、ちょっとここで申添えて置きたいと思いますのは、海神の怒りの件でございます。大和武尊さまのような、あんな御立派なお方が、何故なれば海神の怒りを買われたか?――これは恐らくどなたも御不審の点かと存じまするが、実は私もこれにつきて、指導役のお爺さんにその訳を伺ったことがあるのでございます。その時お爺さんは斯う答えられました。――

『それは斯ういう次第じゃ。すべて物には表と裏とがある。命が日本国にとりて並びなき大恩人であることはいうまでもなけれど、しかし殺された賊徒の身になって見れば、命ほど、世にも憎いものはない。命の手にかかって滅ぼされた賊徒の数は何万とも知れぬ。で、それ等が一団の怨霊となって隙を窺い、たまたま心よからぬ海神の援けを獲て、あんな稀有の暴風雨をまき起したのじゃ。あれは人霊のみでできる仕業でなく、又海神のみであったら、よもやあれほどのいたずらはせなかったであろう。たまたま斯うした二つの力が合致したればこそ、あのような災難が急に降って湧いたのじゃ。当時の橘姫にはもとよりそうした詳しい事情の判ろう筈もない。姫があれをただ海神の怒りとのみ感じたのはいささか間違って居るが、それはそうとして、あの場合の姫の心胸にはまことに涙ぐましい真剣さが宿っていた。あれほどの真心が何ですぐ神々の御胸に通ぜぬことがあろう。それが通じたればこそ大和武尊には無事に、あの災難を切りぬけることが出来たのじゃ。橘姫は矢張り稀に見るすぐれた御方じゃ。』

 私はこの説明が果してすべてを尽しているか否かは存じませぬ。ただ皆さまの御参考までに、私の伺ったところを附け加えて置くだけでございます。


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40、相摸の小野

2010/07/25

 幾年かに跨る賊徒征伐の軍の旅路に、さながら影の形に伴う如く、ただの一日として脊の君のお側を離れなかった弟橘姫の涙ぐましい犠牲の生活は、実にその時を境界として始められたのでした。或る年の冬は雪沓を穿いて、吉備国から出雲国への、国境の険路を踏み越える。又或る年の夏には焼くような日光を浴びつつ阿蘇山の奥深くくぐり入りて賊の巣窟をさぐる。その外言葉につくせぬ数々の難儀なこと、危険なことに遇われましたそうで、歳月の経つと共に、そのくわしい記憶は次第に薄れては行っても、その時胸にしみ込んだ、感じのみは今も魂の底から離れずに居るとの仰せでございました。

 こんな苦しい道中のことでございますから、御服装などもそれはそれは質素なもので、足には藁沓、身には筒袖、さして男子の旅装束と相違していないのでした。なれども、姫は最初から心に固く覚悟して居られることとて、ただの一度も愚痴めきたことはお口に出されず、それにお体も、かぼそいながら至って御丈夫であった為め、一行の足手纏いになられるようなことは決してなかったと申すことでございます。

 かかる艱苦の旅路の裡にありて、姫の心を支うる何よりの誇りは、御自分一人がいつも命のお伴と決って居ることのようでした。『日本一の日の御子から又なきものに愛しまれる……。』そう思う時に、姫の心からは一切の不満、一切の苦労が煙のように消えて了うのでした。当時の習慣でございますから、むろん命の御身辺には夥多の妃達がとりまいて居られました。それ等の中には橘姫よりも遙かに家柄の高いお方もあり、又縹緻自慢の、それはそれは艶麗な美女も居ないのではないのでした。が、それ等は言わば深窓を飾る手活の花、命のお寛ぎになられた折の軽いお相手にはなり得ても、いざ生命懸けの外のお仕事にかかられる時には、きまり切って橘姫にお声がかかる。これでは『仮令死んでも……。』という考が橘姫の胸の奥深く刻み込まれた筈でございましょう。

 だんだん伺って見ると、数限りもない御一代中で、最大の御危難といえば、矢張り、あの相摸国での焼打だったと申すことでございます。姫はその時の模様丈は割合にくわしく物語られました。――

『あの時ばかりは、いかに武運に恵まれた御方でも、今日が御最後かと危まれました。自分は命のお指図で、二人ばかりの従者にまもられて、とある丘の頂辺に避けて、命の御身の上を案じわびて居りましたが、その中四方から急にめらめらと燃え拡がる野火、やがて見渡す限りはただ一面の火の海となって了いました。折から猛しい疾風さえ吹き募って、命のくぐり入られた草叢の方へと、飛ぶが如くに押し寄せて行きます。その背後は一帯の深い沼沢で、何所へも退路はありませぬ。もうほんの一と煽りですべては身の終り……。そう思うと私はわれを忘れて、丘の上から駆け降りようとしましたが、その瞬間、忽ちゴーッと耳もつぶれるような鳴動と共に、今までとは異って、西から東へと向きをかえた一陣の烈風、あなやと思う間もなく、猛火は賊の隠れた反対の草叢へ移ってまいりました……。その時たちまち、右手に高く、御秘蔵の御神剣を打り翳し、漆の黒髪を風に靡かせながら、部下の軍兵どもよりも十歩も先んじて、草原の内部から打って出でられた命の猛き御姿、あの時ばかりは、女子の身でありながら覚えず両手を空にさしあげて、声を限りにわあッと叫んで了いました……。後で御伺いすると、あの場合、命が御難儀を脱れ得たのは、矢張りあの御神剣のお蔭だったそうで、燃ゆる火の中で命がその御鞘を払われると同時に、風向きが急に変ったのだと申すことでございます。右の御神剣と申すのは、あれは前年はざわざ伊勢へ参られた時に、姨君から授けられた世にも尊い御神宝で、命はいつもそれを錦の袋に納めて、御自身の肌身につけて居られました。私などもただ一度しか拝まして戴いたことはございませぬ……。』

 これが大体姫のお物語りでございます。その際命には、火焔の中に立ちながらも、しきりに姫の身の上を案じわびられたそうで、その忝ない御情意はよほど深く姫の胸にしみ込んで居るらしく、こちらの世界に引移って、最う千年にも余るというのに、今でも当時を想い出せば、自ずと涙がこぼれると言って居られました。

 かくまで深いお二人の間でありながら、お児様としては、若建王と呼ばれる御方がただ一人――それも旅から旅へといつも御不在勝ちであった為めに、御自分の御手で御養育はできなかったと申すことでございました。つまり橘姫の御一生はすべてを脊の君に捧げつくした、世にも若々しい花の一生なのでございました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


39、見合い

2010/07/24

 それはたしかに、ある年の夏の初、館の森に蝉時雨が早瀬を走る水のように、喧しく聞えている、暑い真昼過ぎのことであったと申します――館の内部は降って湧いたような不時の来客に、午睡する人達もあわててとび起き、上を下への大騒ぎを演じたのも道理、その来客と申すのは、誰あろう、時の帝の珍の皇子、当時筑紫路から出雲路にかけて御巡遊中の小碓命様なのでございました。御随行の人数は凡そ五六十人、いずれも命の直属の屈強の武人ばかりでございました。序でにちょっと附け加えて置きますが、その頃命の直属の部下と申しますのは、いつもこれ位の小人数でしかなかったそうで、いざ戦闘となれば、何れの土地に居られましても、附近の武人どもが、後から後から馳せ参じて忽ち大軍になったと申します。『わざわざ遠方からあまたの軍兵を率いて御出征になられるようなことはありませぬ……。』橘姫はそう仰っしゃって居られました。何所へまいるにもいつも命の御随伴をした橘姫がそう申されることでございますから、よもやこれに間違はあるまいと存じます。

 それは兎に角、不意の来客としては五六十人はなかなかの大人数でございます。ましてそれが日本国中にただ一人あって、二人とはない、軍の神様の御同勢とありましては大へんでございます。恐らく森の蝉時雨だって、ぴったり鳴き止んだことでございましょう。ただその際何より好都合であったのは、姫の父君が珍らしく国元へ帰って居られたことで、御自身采配を振って家人を指図し、心限りの歓待をされた為めに、少しの手落もなかったそうでございます。それについて姫は少しくお言葉を濁して居られましたが、何うやら小碓命様のその日の御立寄は必らずしも不意打ではなく、かねて時の帝から御内命があり、言わば橘姫様とお見合の為めに、それとなくお越しになられたらしいのでございます。

 何れにしても姫はその夕、両親に促がされ、盛装してお側にまかり出で、御接待に当られたのでした。『何分にも年若き娘のこととて恥かしさが先立ち、格別のお取持もできなかった……。』姫はあっさりと、ただそれっきりしかお口には出されませんでしたが、何やらお二人の間を維いだ、切っても切れぬ固い縁の糸は、その時に結ばれたらしいのでございます。実際又何れの時代をさがしても、この御二人ほどお似合の配偶はめったにありそうにもございませぬ。申すもかしこけれど、お婿様は百代に一人と言われる、すぐれた御器量の日の御子、又お妃は、しとやかなお姿の中に凛々しい御気性をつつまれた絶世の佳人、このお二人が一と目見てお互にお気に召さぬようなことがあったら、それこそ不思議でございます。お年輩も、たしか命はその時御二十四、姫は御十七、どちらも人生の花盛りなのでございました。

 これは余談でございますが、私がこちらの世界で大和武尊様に御目通りした時の感じを、ここでちょっと申上げて置きたいと存じます。あんな武勇絶倫の御方でございますから、お目にかからぬ中は、どんなにも怖い御方かと存じて居りましたが、実際はそれはそれはお優さしい御風貌なのでございます。むろん御筋骨はすぐれて逞しうございますが、御顔は色白の、至ってお奇麗な細面、そして少し釣気味のお目元にも、又きりりと引きしまったお口元にも、殆んど女性らしい優さしみを湛えて居られるのでございます。『成るほどこの方なら少女姿に仮装られてもさして不思議はない筈……。』失礼とは存じながら私はその時心の中でそう感じたことでございました。

 それはさて置き、命はその際は二晩ほどお泊りになって、そのままお帰りになられましたが、やがて帝のお裁可を仰ぎて再び安芸の国にお降り遊ばされ、その時いよいよ正式に御婚儀を挙げられたのでございました。尤も軍務多端の際とて、その式は至って簡単なもので、ただ内輪でお杯事をされただけ、間もなく新婚の花嫁様をお連れになって征途に上られたとのことでございました。『斯ういう場合であるから何所へまいるにも、そちを連れる。』命はそう仰せられたそうで、又姫の方でも、いとしき御方と苦労艱難を共にするのが女の勤めと、固く固く覚悟されたのでした。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

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38、姫の生立

2010/07/23

 私達の間には、それからそれへと、物語がとめどなくはずみました。霊の因縁と申すものはまことに不思議な力を有っているものらしく、これが初対面であり乍ら、相互の間の隔ての籬はきれいに除り去られ、さながら血を分けた姉妹のように、何も彼もすっかり心の底を打ち明けたのでございました。

 私というものは御覧の通り何の取柄もない、短かい生涯を送ったものでございますが、それでも弟橘姫様は私の現世時代の浮沈に対して心からの同情を寄せて、親身になってきいてくださいました。『あなたも随分苦労をなさいました……。』そう言って、私の手を執って涙を流された時は、私は忝いやら、難有いやらで胸が一ぱいになり、われを忘れて姫の御膝に縋りついて了いました。

 が、そんな話はただ私だけのことで、あなた方には格別面白くも、又おかしくもございますまいが、ただ其折弟橘姫様御自身の口ずから漏された遠き昔の思い出話――これはせめてその一端なりとここでお伝えして置きたいと存じます。何にしろ日本の歴史を飾る第一の花形といえば、女性では弟橘姫様、又男性では大和武尊様でございます。このお二人にからまる事蹟が少しでも現世の人達に伝わることになれば、私の拙き通信にも初めて幾らかの意義が加わる訳でごさいます。私にとりてこんな冥加至極なことはございませぬ。尤も私の申上ぐるところが果して日本の古い書物に載せてあることと合っているか、いないか、それは私にはさっぱり判りませぬ。私はただ自分が伺いましたままをお伝えする丈でございますから、その点はよくよくお含みの上で取拾して戴き度う存じます。

 それからもう一つ爰でくれぐれもお断りして置きたいのは、私がお取次ぎすることが、決して姫御自身のお言葉そのままでなく、ただ意味だけを伝えることでございます。当時の言語は含蓄が深いと申しますか、そのままではとても私どもの腑に落ちかぬるところがあり、私としては、不躾と知りつつも、何度も何度も問いかえして、やっとここまで取りまとめたのでございます。で、多少は私のきき損ね、思い違いがないとも限りませぬから、その点も何卒充分にお含み下さいますよう……。

『あなた様の御生立を伺わして戴き度う存じまするが……。』

 機会を見て私はそう切り出しました。すると姫はしばらく凝乎と考え込まれ、それから漸く唇を開かれたのでございました。――

『いかにも遠い昔のこと、所の名も人の名も、急には胸に浮びませぬ。――私の生れたところは安芸の国府、父は安藝淵真佐臣……代々この国の司を承って居りました。尤も父は時の帝から召し出され、いつもお側に仕える身とて、一年の大部は不在勝ち、国元にはただ女小供が残って居るばかりでございました……。』

『御きょうだいもおありでございましたか。』

『自分は三人のきょうだいの中の頭、他は皆男子でございました。』

『いつもお国元のみにお暮らしでございましたか?』

『そうのみとも限りませぬ。偶には父のお伴をして大和にのぼり、帝のお目通りをいたしたこともございます……。』

『アノ大和武尊様とも矢張り大和の方でお目にかかられたのでございまするか?』

『そうではありませぬ……。国元の館で初めてお目にかかりました……。』

 山間の湖水のように澄み切った、気高い姫のお顔にも、さすがにこの時は情思の動きが薄い紅葉となって散りました。私は構わず問いつづけました。――

『何卒その時の御模様をもう少しくわしく伺わせていただく訳にはまいりますまいか? あれほどまでに深い深い夫婦の御縁が、ただかりそめの事で結ばれる筈はないと存じますが……。』

『さァ……何所から話の糸口を手繰り出してよいやら……。』

 姫はしばらくさし俯いて考え込んで居られましたが、その中次第にその堅い唇が少しづつ綻びてまいりました。お話の前後をつづり合わせると、大体それは次ぎのような次第でございました……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

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37、初対面

2010/07/22

 龍宮界からかねて詳しい指図を受けて居りましたので、その時の私は思い切ってたった一人で出掛けました。初対面のこと故、服装なども失礼にならぬよう、日頃好みの礼装に、例の被衣を羽織ました。

 ヅーッと何処までもつづく山路……大へん高い峠にかかったかと思うと、今度は降り坂になり、右に左にくねくねとつづらに折れて、時に樹木の間から蒼い海原がのぞきます。やがて行きついた所はそそり立つ大きな巌と巌との間を刳りとったような狭い峡路で、その奥が深い深い洞窟になって居ります。そこが弟橘姫様の日頃お好みの御修行場で、洞窟の入口にはチャーンと注連縄が張られて居りました。むろん橘姫様はいつもここばかりに引籠って居られるのではないのです。現世に立派なお祠があるとおり、こちらの世界にも矢張りそう言ったものがあり、御用があればすぐそちらへお出ましになられるそうで……。

『御免遊ばしませ……。』

 口にこそ出しませんが、私は心でそう思って、会釈して洞窟の内部へ歩み入りますと、早くもそれと察して奥の方からお出ましになられたのは、私が年来お慕い申していた弟橘姫様でございました。打ち見るところお年齢はやっと二十四五、小柄で細面の、大そう美しい御縹緻でございますが、どちらかといえば少し沈んだ方で、きりりとやや釣り気味の眼元には、すぐれた御気性がよく伺われました。御召物は、これは又私どもの服装とはよほど異いまして、上衣はやや広い筒袖で、色合いは紫がかって居りました、下衣は白地で、上衣より二三寸下に延び、それには袴のように襞が取ってありました。頭髪は頭の頂辺で輪を造ったもので、ここにも古代らしい匂が充分に漂って居りました。又お履物は黒塗りの靴見いなものですが、それは木の皮か何ぞで編んだものらしく、そう重そうには見えませんでした……。

『私は斯ういうものでございますが、現世に居りました時から深くあなた様をお慕い申し、殊に先日乙姫さまから委細を承りましてから、一層お懐かしく、是非一度お目通りを願わずには居られなくなりました、一向何事も弁えぬ不束者でございますが、これからは末長くお教えを受けさせて戴きとう存じまする……。』

『かねて乙姫様からのお言葉により、あなたのお出でを心待ちにお待ち申して居りました。』とあちら様でも大そう歓んで私を迎えてくださいました。『自分とて、ただ少し早くこちらの世界へ引移ったという丈、これからはともどもに手を引き合って、修行することに致しましょう。何うぞこちらへ……。』

 その口数の少ない、控え目な物ごしが、私には何より有難く思われました。『矢張り歴史に名高い御方だけのことがある。』私は心の中で独りそう感心しながら、誘わるるままに岩屋の奥深く進み入りました。

 私自身も山の修行場へ移るまでは、矢張り岩屋住いをいたしましたが、しかし、ここはずっと大がかりに出来た岩屋で、両側も天井ももの凄いほどギザギザした荒削りの巌になって居ました。しかし外面から見たのとは違って、内部はちっとも暗いことはなく、ほんのりといかにも落付いた光りが、室全体に漲って居りました。『これなら精神統一がうまくできるに相違ない。』餅屋は餅屋と申しますか、私は矢張りそんなことを考えるのでした。

 ものの二丁ばかりも進んだ所が姫の御修行の場所で、床一面に何やらふわっとした、柔かい敷物が敷きつめられて居り、そして正面の棚見たいにできた凹所が神床で、一つの円い御神鏡がキチンと据えられて居るばかり、他には何一つ装飾らしいものは見当りませんでした。

 私達は神床の前面に、左と右に向き合って座を占めました。その頃の私は最う大分幽界の生活に慣れて来ていましたものの、兎に角自分より千年あまりも以前に帰幽せられた、史上に名高い御方と斯うして膝を交えて親しく物語るのかと思うと、何やら夢でも見て居るように感じられて仕方がないのでした。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。