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8、岩窟

2010/06/23

 話が少し後に戻りますが、この辺で一つ取りまとめて私の最初の修行場、つまり、私がこちらの世界で真先きに置かれました境涯につきて、一と通り申述べて置くことに致したいと存じます。実は私自身も、初めてこちらの世界に眼を覚ました当座は、只一図に口惜しいやら、悲しいやらで胸が一ぱいで、自分の居る場所がどんな所かというような事に、注意するだけの心の余裕とてもなかったのでございます。それに四辺が妙に薄暗くて気が滅入るようで、誰しもあんな境遇に置かれたら、恐らくあまり朗かな気分にはなれそうもないかと考えられるのでございます。

 が、その中、あの最初の精神の暴風雨が次第に収まるにつれて、私の傷けられた頭脳にも少しづつ人心地が出てまいりました。うとうとしながらも私は考えました。

『私は今斯うして、たった一人法師で寝ているが、一たいここは何んな所かしら……。私が死んだものとすれば、ここは矢張り冥途とやらに相違ないであろうが、しかし私は三途の川らしいものを渡った覚えはない……閻魔様らしいものに逢った様子もない……何が何やらさっぱり腑に落ちない。モー少し光明が射してくれると良いのだが……。』

 私は少し枕から頭部を擡げて、覚束ない眼つきをして、あちこち見廻したのでございます。最初は、何やら濛気でもかかっているようで、物のけじめも判りかねましたが、その中不図何所からともなしに、一条の光明が射し込んで来ると同時に、自分の置かれている所が、一つの大きな洞穴――岩屋の内部であることに気づきました。私は、少なからずびっくりしました。――

『オヤオヤ! 私は不思議な所に居る……私は夢を見ているのかしら……それとも爰は私の墓場かしら……。』

 私は全く途方に暮れ、泣くにも泣かれないような気持で、ひしと枕に噛りつくより外に詮術もないのでした。

 その時不意に私の枕辺近くお姿を現わして、いろいろと難有い慰めのお言葉をかけ、又何くれと詳しい説明をしてくだされたのは、例の私の指導役の神様でした。痒い所へ手が届くと申しましょうか、神様の方では、いつもチャーンとこちらの胸の中を見すかしていて、時と場合にぴったり当てはまった事を説ききかせてくださるのでございますから、どんなに判りの悪い者でも最後にはおとなしく耳を傾けることになって了います。私などは随分我執の強い方でございますが、それでもだんだん感化されて、肉身のお祖父様のようにお慕い申上げ、勿体ないとは知りつつも、私はいつしかこの神様を『お爺さま』とお呼び申上げるようになって了いました。前にも申上げたとおり私のような者がドーやら一人前のものになることができましたのは、偏にお爺さまのお仕込みの賜でございます。全く世の中に神様ほど難有いものはございませぬ。善きにつけ、悪しきにつけ、影身に添いて、人知れず何彼とお世話を焼いてくださるのでございます。それがよく判らないばかりに、兎角人間はわが侭が出たり、慢心が出たりして、飛んだ過失をしでかすことにもなりますので……。これはこちらの世界に引越して見ると、だんだん判ってまいります。

 うっかりつまらぬ事を申上げてお手間を取らせました。私は急いで、あの時、神様が幽界の修行の事、その他に就いて私に言いきかせて下されたお話の要点を申上げることに致しましょう。それは大体斯うでございました。――

『そなたは今岩屋の内部に居ることに気づいて、いろいろ思い惑って居るらしいが、この岩屋は神界に於いて、そなたの修行の為めに特にこしらえてくだされた、難有い道場であるから、当分比所でみっしり修行を積み、早く上の境涯へ進む工夫をせねばならぬ。勿論ここは墓場ではない。墓は現界のもので、こちらの世界に墓はない……。現在そなたの眼にはこの岩屋が薄暗く感ずるであろうが、これは修行が積むにつれて自然に明るくなる。幽界では、暗いも、明るいもすべてその人の器量次第、心の明るいものは何所に居ても明るく、心の暗いものは、何所へ行っても暗い……。先刻そなたは三途の川や、閻魔様の事を考えていたらしいが、あれは仏者の方便である。嘘でもないが又事実でもない。あのようなものを見せるのはいと容易いがただ我国の神の道として、一切方便は使わぬことにしてある……。そなたはただ一人この道場に住むことを心細いと思うてはならぬ。入口には注連縄が張ってあるので、悪魔外道の類は絶対に入ることはできぬ。又たとえ何事が起っても、神の眼はいつも見張っているから、少しも不安を感ずるには及ばぬ……。すべて修行場は人によりてめいめい異う。家屋の内部に置かるるものもあれば、山の中に置かるる者もある。親子夫婦の間柄でも、一所には決して住むものでない。その天分なり、行状なりが各自異うからである。但し逢おうと思えば差支ない限りいつでも逢える……。』

 一応お話が終った時に、神様はやおら私の手を執って、扶け起こしてくださいました。『そなたも一つ元気を出して、歩るいて見るがよい。病気は肉体のもので、魂に病気はない。これから岩屋の模様を見せてつかわす……。』

 私はついふらふらと起き上りましたが、不思議にそれっきり病人らしい気持が失せて了い、同時に今迄敷いてあった寝具類も烟のように消えて了いました。私はその瞬間から現在に至るまで、ただの一度も寝床の上に臥たいと思った覚えはございませぬ。

 それから私は神様に導かれて、あちこち歩いて見て、すっかり岩屋の内外の模様を知ることができました。岩屋は可なり巨きなもので、高さと幅さは凡そ三四間、奥行は十間余りもございましょうか。そして中央の所がちょっと折れ曲って、斜めに外に出るようになって居ります。岩屋の所在地は、相当に高い、岩山の麓で、山の裾をくり抜いて造ったものでございました。入口に立って四辺を見ると、見渡す限り山ばかりで、海も川も一つも見えません。現界の景色と比べて別に格段の相違もありませぬが、ただこちらの景色の方がどことなく浄らかで、そして奥深い感じが致しました。

 岩屋の入口には、神様の言われましたとおり、果たして新しい注連縄が一筋張ってありました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。