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6、幽界の指導者

2010/06/21

 いよいよこれから、こちらの世界のお話になりますが、最初はまだ半分足を現世にかけているようなもので、矢張り娑婆臭い、おきき苦しい事実ばかり申上げることになりそうでございます。――ナニその方が人間味があって却って面白いと仰っしゃるか……。御冗談でございましょう。話すものの身になれば、こんな辛い、恥かしいことはないのです……。

 これは後で神様からきかされた事でございますが、私は矢張り、自力で自然に眼を覚ましたというよりか、神さまのお力で眼を覚まして戴いたのだそうでございます。その神さまというのは、大国主神様のお指図を受けて、新らしい帰幽者の世話をして下さる方なのでございます。これにつきては後で詳しく申上げますが、兎に角新たに幽界に入ったもので、斯う言った神の神使、西洋で申す天使のお世話に預からないものは一人もございませんので……。

 幽界で眼を覚ました瞬間の気分でございますか――それはうっとりと夢でも見ているような気持、そのくせ、何やら心の奥の方で『自分の居る世界はモー異っている……。』と言った、微かな自覚があるのです。四辺は夕暮の色につつまれた、いかにも森閑とした、丁度山寺にでも臥て居るような感じでございます。

 そうする中に私の意識は少しづつ回復してまいりました。

『自分はとうとう死んで了ったのか……。』

 死の自覚が頭脳の内部ではっきりすると同時に、私は次第に激しい昂奮の暴風雨の中にまき込まれて行きました。私が先ず何よりつらく感じたのは、後に残した、老いたる両親のことでした。散々苦労ばかりかけて、何んの報ゆるところもなく、若い身上で、先立ってこちらへ引越して了った親不孝の罪、こればかりは全く身を切られるような思いがするのでした。『済みませぬ済みませぬ、どうぞどうぞお許しくださいませ……』何回私はそれを繰り返して血の涙に咽んだことでしょう!

 そうする中にも私の心は更に他のさまざまの暗い考えに掻き乱されました。『親にさえ背いて折角三浦の土地に踏みとどまりながら、自分は遂に何の仕出かしたこともなかった! 何んという腑甲斐なさ……何んという不運の身の上……口惜しい……悲しい……情けない……。』何が何やら、頭脳の中はただごちゃごちゃするのみでした。

 そうかと思えば、次ぎの瞬間には、私はこれから先きの未知の世界の心細さに慄い戦いているのでした。『誰人も迎えに来てくれるものはないのかしら……。』私はまるで真暗闇の底無しの井戸の内部へでも突き落されたように感ずるのでした。

 ほとんど気でも狂うかと思われました時に、ひょくりと私の枕辺に一人の老人が姿を現しました。身には平袖の白衣を着て、帯を前で結び、何やら絵で見覚えの天人らしい姿、そして何んともいえぬ威厳と温情との兼ね具った、神々しい表情で凝乎と私を見つめて居られます。『一体これは何誰かしら……』心は千々に乱れながらも、私は多少の好奇心を催さずに居られませんでした。

 このお方こそ、前に私がちょっと申上げた大国主神様からのお神使なのでございます。私はこのお方の一と方ならぬ導きによりて、辛くも心の闇から救い上げられ、尚おその上に天眼通その他の能力を仕込まれて、ドーやらこちらの世界で一人立ちができるようになったのでございます。これは前にものべた通り、決して私にのみ限ったことではなく、どなたでも皆神様のお世話になるのでございますが、ただ身魂の因縁とでも申しましょうか、めいめいの踏むべき道筋は異います。私などは随分きびしい、険しい道を踏まねばならなかった一人で、苦労も一しお多かったかわりに、幾分か他の方より早く明るい世界に抜け出ることにもなりました。ここで念の為めに申上げて置きますが、私を指導してくだすった神様は、お姿は普通の老人の姿を執って居られますが、実は人間ではございませぬ。つまり最初から生き通しの神、あなた方の自然霊というものなのです。斯う言った方のほうが、新らしい帰幽者を指導するのに、まつわる何の情実もなくて、人霊よりもよほど具合が宜しいと申すことでございます。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。