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4、落城から死

2010/06/19

 足掛三年に跨る籠城……月に幾度となく繰り返される夜打、朝駆、矢合わせ、切り合い……どっと起る喊の声、空を焦す狼火……そして最後に武運いよいよ尽きてのあの落城……四百年後の今日思い出してみる丈でも気が滅入るように感じます。

 戦闘が始まってから、女子供はむろん皆城内から出されて居りました。私の隠れていた所は油壷の狭い入江を隔てた南岸の森の蔭、そこにホンの形ばかりの仮家を建てて、一族の安否を気づかいながら侘ずまいをして居りました。只今私が祀られているあの小桜神社の所在地――少し地形は異いましたが、大体あの辺だったのでございます。私はそこで対岸のお城に最後の火の手の挙るのを眺めたのでございます。

『お城もとうとう落ちてしまった……最早良人もこの世の人ではない……憎ッくき敵……女ながらもこの怨みは……。』

 その時の一念は深く深く私の胸に喰い込んで、現世に生きている時はもとよりのこと、死んでから後も容易に私の魂から離れなかったのでございます。私がどうやらその後人並みの修行ができて神心が湧いてまいりましたのは、偏に神様のおさとしと、それから私の為めに和やかな思念を送ってくだされた、親しい人達の祈願の賜なのでございます賜なのでございます。さもなければ私などはまだなかなか済われる女性ではなかったかも知れませぬ……。

 兎にも角にも、落城後の私は女ながらも再挙を図るつもりで、僅ばかりの忠義な従者に護られて、あちこちに身を潜めて居りました。領地内の人民も大へん私に対して親切にかばってくれました。――が、何を申しましても女の細腕、力と頼む一族郎党の数もよくよく残り少なになって了ったのを見ましては、再挙の%計画の到底%無益であることが次第次第に判ってまいりました。積もる苦労、重なる失望、ひしひしと骨身にしみる寂しさ……私の躯はだんだん衰弱してまいりました。

 幾月かを過ごす中に、敵の監視もだんだん薄らぎましたので、私は三崎の港から遠くもない、諸磯と申す漁村の方に出てまいりましたが、モーその頃の私には世の中が何やら味気なく感じられて仕ょうがないのでした。

 実家の両親は大へんに私の身の上を案じてくれまして、しのびやかに私の仮宅を訪れ、鎌倉へ帰れとすすめてくださるのでした。『良人もなければ、家もなく、又跡をつぐべき子供とてもない、よくよくの独り身、兎も角も鎌倉へ戻って、心静かに余生を送るのがよいと思うが……。』いろいろ言葉を尽してすすめられたのでありますが、私としては今更親元へもどる気持ちにはドーあってもなれないのでした。私はきっぱりと断りました。――

『思召はまことに有難うございまするが、一たん三浦家へ嫁ぎました身であれば、再びこの地を離れたくは思いませぬ。私はどこまでも三崎に留まり、亡き良人をはじめ、一族の後を弔いたいのでございます……。』

 私の決心の飽まで固いのを見て、両親も無下に帰家をすすめることもできず、そのまま空しく引取って了われました。そして間もなく、私の住宅として、海から二三丁引込んだ、小高い丘に、土塀をめぐらした、ささやかな隠宅を建ててくださいました。私はそこで忠実な家来や腰元を相手に余生を送り、そしてそこでさびしくこの世の気息を引き取ったのでございます。

 落城後それが何年になるかと仰ッしゃるか――それは漸く一年余り私が三十四歳の時でございました。まことに短命な、つまらない一生涯でありました。

 でも、今から考えれば、私にはこれでも生前から幾らか霊覚のようなものが恵まれていたらしいのでございます。落城後間もなく、城跡の一部に三浦一族の墓が築かれましたので、私は自分の住居からちょいちょい墓参をいたしましたが、墓の前で眼を瞑って拝んで居りますと、良人の姿がいつもありありと眼に現われるのでございます。当時の私は別に深くは考えず、墓に詣れば誰にも見えるものであろう位に思っていました。私が三浦の土地を離れる気がしなかったのも、つまりはこの事があった為めでございました。当時の私に取りましては、死んだ良人に逢うのがこの世に於ける、殆んど唯一の慰安、殆んど唯一の希望だったのでございます。『何としても爰から離れたくない……』私は一図にそう思い込んで居りました。私は別に婦道が何うの、義理が斯うのと言って、六ヶしい理窟から割り出して、三浦に踏みとどまった訳でも何でもございませぬ。ただそうしたいからそうしたまでの話に過ぎなかったのでございます。

 でも、私が死ぬるまで三浦家の墳墓の地を離れなかったという事は、その領地の人民の心によほど深い感動を与えたようでございました。『小櫻姫は貞女の亀鑑である』などと、申しまして、私の死後に祠堂を立て神に祀ってくれました。それが現今も残っている、あの小桜神社でございます。でも右申上げたとおり、私は別に貞女の亀鑑でも何でもございませぬ。私はただどこまでも自分の勝手を通した、一本気の女性だったに過ぎないのでございます。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。