54 休戦と幽界

 其後ワアド氏は相変らず毎週月曜日にはレックスの家を訪問し、皆と会合して精神の休養をするのでしたが、話題が私事に関して居るため発表すべき事もなくて過ぎました。然し其年一九一八年もだんだん暮れに近づき、十一月十五日の幽界行には、レックスの家に稀らしく叔父さんと陸軍士官を見出したのです。

 叔父さんは休戦が布告されたから来たのだと云っていました。そしてワアド氏に霊界での修行の模様を尋ねられ、近い中に第二層に移る予定だと話すのでした。

 ワアド氏が士官とレックスに向って、此度の休戦が幽界へどう影響したかを尋ねますと、――

 士官。『我々には少し前から解っていました。其の理由は最下層に於ける善と悪との戦いに於て善が勝利を得つつあったからです。然し悪の力が全く壊滅した訳ではなく、一時根拠を失ったに過ぎないのだから、又何処かに現出しましょう。御互いに警戒せねばなりません。地上に於てはロシアに見るが如き擾乱が起る事でしょうが、長くは続きますまい。独逸も苦い薬を嘗め、墺国もお相伴をして国が分裂する事になるでしょう。伊太利も気を附けぬと少し危うい様子も見える。とにかく人々は休戦休戦といつて騒いでいますが、これからは世界各地に於て騒擾を見る事でしょう。仮令ば印度とか埃及とか……。

『斯うした争乱の間は相応不愉快な時代が来ると覚悟せねばなりますまい。然し何といっても第一歩の時代は過ぎました。私はあの救済団を続けて、もっと国際的なものにします。先ずロシアから来る憐れな悪鬼共を救おうではありませんか。彼等は生きながら地獄の苦を嘗めて居るから、地獄の生活をするには及ばない位悲惨な連中です……。

『然し悲観的の話であなたの喜びを消そうという訳ではない。此の条約のために幽界への新来者は大分減じました。尤も近来流感で大分やられるが……。然し今の処あまり手を延す事は不可能なので、軍人の救済丈で手一ぱいです。

『兵卒達は何にしても大喜びで、行列をやるやら大騒ぎの有様、まあやりたい丈やれば鎮まるから……。御祝いに一杯飲もうという連中も出来て種々困った事も起ったが、余程鎮まりました。人々はロシアの思想問題を大分気にかけています。中には戦争がやむと仕事がなくなると落胆してる連中もあります。話は違いますが、ロシアの兇悪な奴等は実際手に負えぬ者共ですよ……。私等の仕事も一寸斯ういう手合にかかると困難でしょう。』

 ワアド。『休戦の締結はどんな方法でお判りでしたか?』

 士官。『全欧から流れて来る念波が非常なものでしたから、自然気が附くのです。私は調印と同時に事態を明瞭に悟り、同時に関係者の思想も感受しました。』

 レックス。『何処の教会でも皆な礼拝を行いました。僕等の本営では、教会行列をやりました。その時士官の行った演説の一節は斯うでした。―― 諸君! 善と悪との戦争には休戦がない事を忘れてはいけない! これは我々自身の中にある争闘に於ても、又更に大いなる争闘に於ても同様である事を記憶すべきである! 悪は処を変えたに止まり、決して消滅したのではないのである。今日独逸の勢力は絶滅したが、明日我々は無政府主義の齎す悪思想と再び戦わねばならぬのだ。我々の仕事は未だ終ったのではない。ただ内容に相違を生ずるのみである。然しながら此度の事件が終結を告げた事に対しては、我々は大に喜ばねばならない……。』

 休戦に関する話はこれでやめ、後はよもやまの談話に移り、時間が来た時、ワアド氏は此処を立去りました。


底本:「幽界行脚(A Subaltern in Spirit Land)」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎・粕川章子 共

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「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。