‘2010/06’ カテゴリーのアーカイブ

15、生みの親魂の親

2010/06/30

 成るべく話の筋道が通るよう、これからすべてを一と纏めにして、私が長い年月の間にやっとまとめ上げた、守護霊に関するお話を順序よく申上げて見たいと存じます。それにつきては、少し奥の方まで溯って、神様と人間との関係から申上げねばなりませぬ。

 昔の諺に『人は祖に基き、祖は神に基く』とやら申して居りますが、私はこちらの世界へ来て見て、その諺の正しいことに気づいたのでございます。神と申しますのは、人間がまだ地上に生れなかった時代からの元の生神、つまりあなた方の仰っしゃる『自我の本体』又は高級の『自然霊』なのでございます。畏れ多くはございますが、我国の御守護神であらせられる邇々藝命様を始め奉り、邇々藝命様に随って降臨された天児屋根命、天太玉命などと申す方々も、何れも皆そうした生神様で、今も尚お昔と同じく地の神界にお働き遊ばしてお出でになられます。その本来のお姿は白く光った球の形でございますが、余ほど真剣な気持で深い統一状態に入らなければ、私どもにもそのお姿を拝することはできませぬ。まして人間の肉眼などに映る気づかいはございませぬ。尤もこの球の形は、凝とお鎮まり遊ばした時の本来のお姿でございまして、一たんお働きかけ遊ばしました瞬間には、それぞれ異なった、世にも神々しい御姿にお変り遊ばします。更に又何かの場合に神々がはげしい御力を発揮される場合には荘厳と言おうか、雄大と申そうか、とても筆紙に尽されぬ、あの怖ろしい龍姿をお現わしになられます。一つの姿から他の姿に移り変ることの迅さは、到底造り附けの肉体で包まれた、地上の人間の想像の限りではございませぬ。

 無論これ等の元の生神様からは、沢山の御分霊……つまり御子様がお生れになり、その御分霊から更に又御分霊が生れ、神界から霊界、霊界から幽界へと順々に階段がついて居ります。つまりすべてに亘りて連絡はとれて居り乍ら、しかしそのお受持がそれぞれ異うのでございます。こちらの世界をたった一つの、無差別の世界と考えることは大変な間違いで、例えば邇々藝命様に於かれましても、一番奥の神界に於てお指図遊ばされる丈で、その御命令はそれぞれの世界の代表者、つまりその御分霊の神々に伝わるのでございます。おこがましい申分かは存じませぬが、その点の御理解が充分でないと、地上に人類の発生した径路がよくお判りにならぬと存じます。稀薄で、清浄で、殆んど有るか無きかの、光の凝塊と申上げてよいようなお形態をお有ち遊ばされた高い神様が、一足跳びに濃く鈍い物質の世界へ、その御分霊を植え附けることは到底できませぬ。神界から霊界、霊界から幽界へと、だんだんにそのお形態を物質に近づけてあったればこそ、ここに初めて地上に人類の発生すべき段取に進み得たのであると申すことでございます。そんな面倒な手続を踏んであってさえも、幽から顕に、肉体のないものから肉体のあるものに、移り変るには、実に容易ならざる御苦心と、又殆んど数えることのできない歳月を閲したということでございます。一番困るのは物質というものの兎角崩れ易いことで、いろいろ工夫して造って見ても、皆半途で流れて了い、立派に魂の宿になるような、完全な人体は容易に出来上らなかったそうでございます。その順序、方法、又発生の年代等に就きても、或る程度まで神様から伺って居りますが、只今それを申上げている遑はございませぬ。いずれ改めて別の機会に申上げることに致しましょう。

 兎に角、現在の人間と申すものが、最初神の御分霊を受けて地上に生れたものであることは確かでございます。もっとくわしくいうと、男女両柱の神々がそれぞれ御分霊を出し、その二つが結合して、ここに一つの独立した身魂が造られたのでございます。その際何うして男性女性の区別が生ずるかと申すことは、世にも重大なる神界の秘事でございますが、要するにそれは男女何れかが身魂の中枢を受持つかできまる事だそうで、よく気をつけて、天地の二神誓約の段に示された、古典の記録を御覧になれば大体の要領はつかめるとのことでございます。

 さて最初地上に生れ出でた一人の幼児――無論それは力も弱く、智慧もとぼしく、そのままで無事に生長し得る筈はございませぬ。誰かが傍から世話をしてくれなければとても三日とは生きて居られる筈はございませぬ。そのお世話掛がつまり守護霊と申すもので、蔭から幼児の保護に当るのでございます。もちろん最初は父母の霊、殊に母の霊の熱心なお手伝もありますが、だんだん生長すると共に、ますます守護霊の働きが加わり、最後には父母から離れて立派に一本立ちの身となって了います。ですから生れた子供の性質や容貌は、或る程度両親に似て居ると同時に、又大変に守護霊の感化を受け、時とすれば殆んど守護霊の再来と申しても差支ない位のものも少くないのでございます。古事記の神代の巻に、豊玉姫からお生れになられたお子様を、妹の玉依姫が養育されたとあるのは、つまりそう言った秘事を暗示されたものだと承ります。

 申すまでもなく子供の守護霊になられるものは、その子供の肉親と深い因縁の方……つまり同一系統の方でございまして、男子には男性の守護霊、女子には女性の守護霊が附くのでございます。人類が地上に発生した当初は、専ら自然霊が守護霊の役目を引き受けたと申すことでございますが、時代が過ぎて、次第に人霊の数が加わると共に、守護霊はそれ等の中から選ばれるようになりました。むろん例外はありましょうが、現在では数百年前乃至千年二千年前に帰幽した人霊が、守護霊として主に働いているように見受けられます。私などは帰幽後四百年余りで、さして新らしい方でも、又さして古い方でもございませぬ。

 こんな複雑った事柄を、私の拙い言葉でできる丈簡単にかいつまんで申上げましたので、さぞお判りにくい事であろうかと恐縮して居る次第でございますが、わたくしの言葉の足りないところは、何卒あなた方の方でよきようにお察しくださるようお願い致します。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


14、守護霊との対面

2010/06/29

 第一期の修行中に経験した、重なる事柄につきては、以上で大体申上げたつもりでございますが、ただもう一つここで是非とも言い添えて置かねばならないと思いますのは私の守護霊の事でございます。誰にも一人の守護霊が附いて居ることは、心霊に志す方々の御承知の通りでございますが、私にも勿論一人の守護霊が附いて居り、そしてその守護霊との関係はただ現世のみに限らず、肉体の死後も引きつづいて、切っても切れぬ因縁の絆で結ばれて居るのでございます。もっとも、そうした事柄がはっきり判りましたのはよほど後の事で、帰幽当時の私などは、自分に守護霊などと申すものが有るか、無いかさえも全然知らなかったのでございます。で、私がこちらの世界で初めて自分の守護霊にお目にかかった時は、少なからず意外に感じまして、従ってその時の印象は今でもはっきりと頭脳に刻まれて居ります。

 ある日私が御神前で、例の通り深い精神統一の状態に入って居た時でございます、意外にも一人の小柄の女性がすぐ眼の前に現われ、いかにも優さしく、私を見てにっこりと微笑まれるのです。打見る所、年齢は二十歳余り、顔は丸顔の方で、緻致はさしてよいとも言われませぬが、何所となく品位が備わり、雪なす富士額にくっきりと黛が描かれて居ります。服装は私の時代よりはやや古く、太い紐でかがった、広袖の白衣を纏い、そして下に緋の袴を穿いて居るところは、何う見ても御所に宮仕えして居る方のように窺われました。

 意外なのは、この時初めてお目に懸ったばかりの、全然未知のお方なのにも係らず、私の胸に何ともいえぬ親しみの念がむくむくと湧いて出たことで……。それにその表情、物ごしがいかにも不思議……先方は丸顔、私は細面、先方は小柄、私は大柄、外形はさまで共通の個所がないにも係らず、何所とも知れず二人の間に大変似たところがあるのです。つまりは外面はあまり似ないくせに、底の方でよく似て居ると言った、よほど不思議な似方なのでございます。

『あの、どなた様でございますか……。』

 漸く心を落つけて私の方から訊ねました。すると先方は不相変にこやかに――

『あなたは何も知らずに居られたでしょうが、実は自分はあなたの守護霊……あなたの一身上の事柄は何も彼も良う存じて居るものなのです。時節が来ぬ為めに、これまで蔭に控えて居ましたが、これからは何事も話相手になって上げます。』

 私は嬉しいやら、恋しいやら、又不思議やら、何が何やらよくは判らぬ複雑な感情でその時初めて自分の魂の親の前に自身を投げ出したのでした。それは丁度、幼い時から別れ別れになっていた母と子が、不図どこかでめぐり合った場合に似通ったところがあるかも知れませぬ。何れにしてもこの一事は私にとりてまことに意外な、又まことに意義のある貴い経験でございました。

 激しい昂奮から冷めた私は、もちろん私の守護霊に向っていろいろと質問の矢を放ち、それでも尚お腑に落ちぬ個所があれば、指導役のお爺様にも根掘り葉掘り問いつめました。お蔭で私の守護霊の素性はもとより、人間と守護霊の関係、その他に就きて大凡の事が漸く会得されるようになりました。――あの、それを残らず爰で物語れと仰っしゃるか……宜しゅうございます。何も御道の為めとあれば、私の存じて居る限りは逐一申上げて了いましょう。話が少し堅うございまして、何やら青表紙臭くなるかも存じませぬが、それは何卒大目に見逃がして戴きます。又私の申上げることにどんな誤謬があるかも計りかねますので、そこはくれぐれもただ一つの参考にとどめて戴きたいのでございます。私はただ神様やら守護霊様からきかされたところをお取次ぎするのですから、これが誤謬のないものだとは決して言い張るつもりはございませぬ……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

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入力者: 泉美

かな修正: いさお


13、母の臨終

2010/06/28

 岩屋の修行中に誰かの臨終に出会ったことがあるか、とのお訊ねでございますか。――それは何度も何度もあります。私の父も、母も、それから私の手元に召使っていた、忠実な一人の老僕なども、私が岩屋に居る時に前後して歿しまして、その都度私はこちらから、見舞に参ったのでございます。何れあなたとしては、幽界から観た臨終の光景を知りたいと仰ッしゃるのでございましょう。宜しうございます。では、標本のつもりで、私の母の歿った折の模様を、ありのままにお話し致しましょう。わざわざ査べるのが目的で、行った仕事ではないのですから、むろんいろいろ見落しはございましょう。その点は充分お含みを願って置きます。機会がありましたら、誰かの臨終の実況を査べに出掛て見ても宜しうございます。ここに申上げるのはホンの当時の私が観たまま感じたままのお話でございます。

 それは私が歿ってから、最うよほど経った時……かれこれ二十年近くも過ぎた時でございましょうか、ある日私が例の通り御神前で修行して居りますと、突然母の危篤の報知が胸に感じて参ったのでございます。斯うした場合には必らず何等かの方法で報知がありますもので、それは死ぬる人の思念が伝わる場合もあれば、又神様から特に知らせて戴く場合もあります。その他にもまだいろいろありましょう。母の臨終の際には、私は自力でそれを知ったのでございました。

 私はびっくりして早速鎌倉の、あの懐かしい実家へと飛んで行きましたが、モーその時はよくよく臨終が迫って居りまして、母の霊魂はその肉体から半分出たり、入ったりしている最中でございました。人間の眼には、人の臨終というものは、ただ衰弱した一つの肉体に起る、あの悲惨な光景しか映りませぬが、私にはその外にまだいろいろの光景が見えるのでございます。就中一番目立つのは肉体の外に霊魂――つまりあなた方の仰っしゃる幽体が見えますことで……。

 御承知でもございましょうが、人間の霊魂というものは、全然肉体と同じような形態をして肉体から離れるのでございます。それは白っぽい、幾分ふわふわしたもので、そして普通は裸体でございます。それが肉体の真上の空中に、同じ姿勢で横臥している光景は、決してあまり見よいものではございませぬ。その頃の私は、もう幾度も経験がありますので、さほどにも思いませんでしたが、初めて人間の臨終に出会た時は、何とまァ変怪なものかしらんと驚いて了いました。

 最う一つおかしいのは肉体と幽体との間に紐がついて居ることで、一番太いのが腹と腹とを繋ぐ白い紐で、それは丁度小指位の太さでございます。頭部の方にもモー一本見えますが、それは通例前のよりもよほど細いようで……。無論斯うして紐で繋がれているのは、まだ絶息し切らない時で、最後の紐が切れた時が、それがいよいよその人の死んだ時でございます。

 前申すとおり、私が母の枕辺に参りましたのは、その紐が切れる少し前でございました。母はその頃モー七十位、私が最後にお目にかかった時とは大変な相違で、見る影もなく、老いさらばえて居りました。私はすぐ耳元に近づいて、『私でございます……』と申しましたが、人間同志で、枕元で呼びかわすのとは異い、何やらそこに一重隔てがあるようで、果してこちらの意思が病床の母に通じたか何うかと不安に感じられました。――尤もこれは地上の母に就いて申上げることで、肉体を棄てて了ってからの母の霊魂とは、むろん自由自在に通じたのでございます。母は帰幽後間もなく意識を取りもどし、私とは幾度も幾度も逢って、いろいろ越し方の物語に耽りました。母は、死ぬる前に、父や私の夢を見たと言って居りましたが、もちろんそれはただの夢ではないのです。つまり私達の意思が夢の形式で、病床の母に通じたものでございましょう……。

 それは兎に角、あの時私は母の断末魔の苦悶の様を見るに見兼ねて、一生懸命母の躯を撫でてやったのを覚えています。これは只の慰めの言葉よりも幾分かききめがあったようで、母はそれからめっきりと楽になって、間もなく気息を引きとったのでございました。すべて何事も赤心をこめて一心にやれば、必らずそれ丈の事はあるもののようでございます。

 母の臨終の光景について、モー一つ言い残してならないのは、私の眼に、現世の人達と同時に、こちらの世界の見舞者の姿が映ったことでございます。母の枕辺には人間は約十人余り、何れも眼を泣きはらして、永の別れを惜んでいましたが、それ等の人達の中で私が生前存じて居りましたのはたった二人ほどで、他は見覚えのない人達ばかりでした。それからこちらの世界からの見舞者は、第一が、母よりも先きへ歿った父、つづいて祖父、祖母、肉身の親類縁者、親しいお友達、それから母の守護霊、司配霊、産土の御神使、……一々数えたらよほどの数に上ったでございましょう。兎に角現世の見舞者よりはずっと賑かでございました。第一、双方の気分がすっかり異います。一方は自分達の仲間から親しい人を失うのでございますから、沈み切って居りますのに、他方は自分達の仲間に親しき人を一人迎えるのでございますから、寧ろ勇んでいるような、陽気な面持をしているのでございます。こんな事は、私の現世生活中には全く思いも寄らぬ事柄でございまして……。

 他にも気づいた点がまだないではありませぬが、拙な言葉でとても言い尽せぬように思われますので、母の臨終の物語は、一と先ずこれ位にして置きましょう。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

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入力者: 泉美

かな修正: いさお


12、愛馬との再会

2010/06/27

 岩屋の修行中に、モー一つちょっと面白い話がございますから、序でに申上げることに致しましょう。それは私が、こちらで自分の愛馬に再会したお話でございます。

 前にもお話し致しましたが、私は三浦家へ嫁入りしてから初めて馬術の稽古をいたしました。最初は馬に乗るのが何やら薄気味悪いように思われましたが、行って居ります内にだんだんと乗馬が好きになったと言うよりも、寧ろ馬が可愛くなって来たのでございます。乗り馴らした馬というものは、それはモー不思議なほど可愛くなるもので、事によると経験のないお方には、その真実の味いはお判りにならぬかも知れません。

 私の愛馬と申しますのは、良人がいろいろと捜した上に、最後に、これならば、と見立ててくれたほどのことがございまして、それはそれは優さしい、美事な牡馬でございました。背材はそう高くはございませぬが、総体の地色は白で、それに所々に黒の斑点の混った美しい毛並は今更自慢するではございませぬが、全く素晴らしいもので、私がそれに乗って外出をした時には、道行く者も足を停めて感心して見惚れる位でございました。ナニ乗者に見惚れたのではないかと仰っしゃるか……。御冗談ばかり、そんな酔狂な者は只の一人だってございません。私の馬に見惚れたのでございます……。

 そうそうこの馬の命名につきましては、良人と私との間に、なかなかの悶着がございました。私は優さしい名前がよいと思いまして、さんざん考え抜いた末にやっと『鈴懸』という名を思いついたのでございます。すると良人は私と意見が違いまして、それは余り面白くない、是非『若月』にせよと言い張って、何と申しても肯き入れないのです。私は内心不服でたまりませんでしたが、もともと良人が見立ててくれた馬ではあるし、とうとう『若月』と呼ぶことになって了いました。『今度は私が負けて置きます。しかしこの次ぎに良い馬が手に入った時はそれは是非鈴懸と呼ばせていただきます……。』私はそんなことを良人に申したのを覚えて居ります。しかしそれから間もなく、あの北條との戦闘が起ったので、私の望みはとうとう遂げられずに終りました。

 兎に角名前につきては最初斯んないきさつがありましたものの、私は若月が好きで好きで耐らないのでした。馬の方でも亦私によく馴染んで、私の姿が見えようものなら、さもうれしいと言った表情をして、あの巨きな躯をすり附けて来るのでした。

 落城後私があちこち流浪をした時にも、若月はいつも私に附添って、散々苦労をしてくれました。で、私の臨終が近づきました時には、私は若月を庭前へ召んで貰って、この世の訣別を告げました。『汝にもいろいろ世話になりました……。』心の中でそう思った丈でしたが、それは必らず馬にも通じたことであろうと考えられます。これほど可愛がった故でもございましょう、私が岩屋の内部で精神統一の修行をしている時に、ある時思いも寄らず、若月の姿が私の眼にはっきりと映ったのでございます。

『事によると若月は最う死んだのかも知れぬ……。』

 そう感じましたので、お爺さまにお訊ねして見ますと、果してこちらの世界に引越して居るとの事に、私は是非一と目昔の愛馬に逢って見たくて耐らなくなりました。

『甚だ勝手なお願いながら、一度若月の許へ連れて行ってくださる訳にはまいりますまいか……。』

『それはいと易いことじゃ。』と例の通りお爺さまは親切に答へてくださいました。『馬の方でもひどくそなたを慕っているから一度は逢って置くがよい。これから一緒に連れて行って上げる……。』

 幽界では、何所をドー通って行くのか、可愛のことは殆んど判りませぬ。そこが幽界の旅と現世の旅との大した相違点でございますが、兎も角も私達は、瞬く間に途中を通り抜けて、或る一つの馬の世界へまいりました。そこには見渡す限り馬ばかりで、他の動物は一つも居りません。しかし不思議なことには、どの馬もどの馬も皆逞ましい駿馬ばかりで、毛並みのもじゃもじゃした、イヤに脚ばかり太い駄馬などは何処にも見かけないのでした。

『私の若月も爰に居るのかしら……。』

 そう思い乍ら、不図向うの野原を眺めますと、一頭の白馬が群れを離れて、飛ぶが如くに私達の方へ馳け寄ってまいりました。それはいうまでもなく、私の懐かしい、愛馬でございました。

『まァ若月……汝、よく来てくれた……。』

 私は心から嬉しく、しきりに自分にまつわり附く愛馬の鼻を、いつまでもいつまでも軽く撫でてやりました。その時の若月のうれしげな面持……私は覚えず泪ぐんで了ったのでございました。しばらく馬と一緒に遊んで、私は大へん軽い気持になって戻って来ましたが、その後二度と行って見る気にもなれませんでした。人間と動物との間の愛情にはいくらかあっさりしたところがあるものと見えます……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

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入力者: 泉美

かな修正: いさお


11、守刀

2010/06/26

 躯がなくなって、こちらの世界に引移つて来ても、現世の執着が容易に除れるものでない事は、すでに申上げましたが、序でにモー少しここで自分の罪過を申上げて置くことに致しましょう。口頭ですっかり悟ったようなことを申すのは何でもありませぬが、実地に当って見ると思いの外に心の垢の多いのが人間の常でございます。私も時々こちらの世界で、現世生活中に大へん名高かった方々にお逢いすることがございますが、そうきれいに魂が磨かれた方ばかりも見当りませぬ。『あんな名僧知識と謳われた方がまだこんな薄暗い境涯に居るのかしら……。』時々意外に感ずるような場合もあるのでございます。

 さてお約束の懺悔でございますが、私にとりて、何より身にしみているのを一つお話し致しましょう。それは私の守刀の物語でございます。忘れもしませぬ、それは私が三浦家へ嫁入りする折のことでございました、母は一振りの懐剣を私に手渡し、

『これは由緒ある御方から母が拝領の懐剣であるが、そなたの一生の慶事の紀念に、守刀としてお譲りします。肌身離さず大切に所持してもらいます……。』

 両眼に涙を一ぱい溜めて、赤心こめて渡された紀念の懐剣――それは刀身といい、又装具といい、まことに申分のない、立派なものでございましたが、しかし私に取りましては、懐剣そのものよりも、それがなつかしい母の形見であることが、他の何物にもかえられぬほど大切なのでございました。私は一生涯その懐剣を自分の魂と思って肌身に附けて居たのでした。

 いよいよ私の病勢が重って、もうとても難しいと思われました時に、私は枕辺に坐って居られる母に向かって頼みました。『私の懐剣は何卒このまま私と一緒に棺の中に納めて戴きとうございますが……。』すると母は即座に私の願を容れて、『その通りにしてあげますから安心するように……。』と、私の耳元に口を寄せて力強く囁いてくださいました。

 私がこちらの世界に眼を覚ました時に、私は不図右の事柄を想い出しました。『母はあんなに固く請合ってくだされたが、果して懐剣が遺骸と一緒に墓に収めてあるかしら……。』そう思うと私はどうしてもそれが気懸りで気懸りで耐らなくなりました。とうとう私はある日指導役のお爺様に一伍一什を物語り、『若しもあの懐剣が、私の墓に収めてあるものなら、どうぞこちらに取寄せて戴きたい。生前と同様あれを守刀に致し度うございます……。』とお依みしました。今の世の方々には守刀などと申しても、或は頭に力強く響かぬかも存じませぬが、私どもの時代には、守刀はつまり女の魂、自分の生命から二番目の大切な品物だったのでございます。

 神様もこの私の願を無理からぬ事と思召めされたか、快くお引受けしてくださいました。そして例のとおり、ちょっと精神の統一をして私の墓を透視されましたが、すぐにお判りになったものと見え『フムその懐剣なら確かに彼所に見えている。宜しい神界のお許しを願って、取寄せてつかわす……。』

 そう言われたかと見ると、次ぎの瞬間には、お爺さまの手の中に、私の世にも懐かしい懐剣が握られて居りました。無論それは言わば刀の精だけで、現世の刀ではないのでございましょうが、しかしいかに査べて見ても、金粉を散らした、濃い朱塗りの装具といい、又それを包んだ真紅の錦襴の袋といい、生前現世で手慣れたものに寸分の相違もないのでした。私は心からうれしくお爺様に厚くお礼を申上げました。

 私は右の懐剣を現在とても大切に所持して居ります。そして修行の時にはいつも之を御鏡の前へ備えることにして居るのでございます。

 これなどは、一段も二段も上の方から御覧になれば、やはり一種の執着と言わるるかも存じませぬが、私どもの境涯では、どうしてもまだ斯うした執着からは離れ切れないのでございます。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

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入力者: 泉美

かな修正: いさお


10、親子の恩愛

2010/06/25

 参考の為めに少し幽界の修行の模様をききたいと仰っしゃいますか……。宜しゅうございます。私の存じていることは何なりとお話し致しますが、しかし現界で行るのと格別の相違もございますまい。私達とて矢張り御神前に静座して、心に天照大御神様の御名を唱え、又八百万の神々にお願いして、できる丈きたない考えを払いのける事に精神を打ち込むのでございます。もとより肉体はないのですから、現世で行るような、斎戒沐浴は致しませぬ。ただ斎戒沐浴をしたと同一の浄らかな気持になればよいのでございまして……。

 それで、本当に深い深い統一状態に入ったとなりますと、私どもの姿はただ一つの球になります。ここが現世の修行と幽界の修行との一ばん目立った相違点かも知れませぬ。人間ではどんなに深い統一に入っても、躯が残ります。いかに御本人が心で無と観じましても、側から観れば、その姿はチャーンと其所に見えて居ります。しかるに、こちらでは、真実の精神統一に入れば、人間らしい姿は消え失せて、側からのぞいても、たった一つの白っぽい球の形しか見えませぬ。人間らしい姿が残って居るようでは、まだ修行が積んでいない何よりの証拠なのでございます。『そなたの、その醜るしい姿は何じゃ! まだ執着が強過ぎるぞ……。』私は何度醜るしい姿をお爺様に見つけられてお叱言を頂戴したか知れませぬ。自分でも、こんな事では駄目であると思い返して、一生懸命神様を念じて、飽まで浄らかな気分を続けようとあせるのでございますが、あせればあせるほど、チラリチラリと暗い影が射して来て統一を妨げて了います。私の岩屋の修行というのは、つまり斯うした失敗とお叱言の繰りかえしで、自分ながらほとほと愛想が尽きる位でございました。私というものはよくよく執着の強い、罪の深い、女性だったのでございましょう。――この生活が何年位続いたかとのお訊ねでございますか……。自分では一切夢中で、さほどに永いとも覚えませんでしたが、後でお爺さまから伺いますと、私の岩屋の修行は現世の年数にして、ざっと二十年余りだったとの事でございます。

 現世的執着の中で、私にとりて、何よりも断ち切るのに骨が折れましたのは、前申すとおり矢張り、血を分けた両親に対する恩愛でございました。現世で何一つ孝行らしい事もせず、ただ一人先立ってこちらの世界に引越して了ったのかと考えますと、何ともいえずつらく、悲しく、残り惜しく、相済まなく、坐ても立っても居られないように感ぜられるのでございました。人間何がつらいと申しても、親と子とが順序をかえて死ぬるほど、つらいことはないように思われます。無論私には良人に対する執着もございました。しかし良人は私よりも先きに歿なって居り、それに又神さまが、時節が来れば逢わしてもやると申されましたので、そちらの方の断念は割合早くつきました。ただ現世に残した父母の事はどうあせりましてもあきらめ兼ねて悩み抜きました。そんな場合には、神様も、精神統一も、まるきりあったものではございませぬ。私はよく間近の岩へ齧りついて、悶え泣きに泣き入りました。そんな真似をしたところで、一たん死んだ者が、とても現世へ戻れるものでない事は充分承知しているのですが、それで矢張り止めることができないのでございます。

 しかも何より困るのは、現世に残っている父母の悲嘆が、ひしひしと幽界まで通じて来ることでございました。両親は怠らず、私の墓へ詣でて花や水を手向け、又十日祭とか、五十日祭とか申す日には、その都度神職を招いて鄭重なお祭祀をしてくださるのでした。修行未熟の、その時分の私には、現界の光景こそ見えませんでしたが、しかし両親の心に思っていられることは、はっきりとこちらに感じて参るばかりか、『姫や姫や!』と呼びながら、絶え入るばかりに泣き悲しむ母の音声までも響いて来るのでございます。あの時分のことは今想い出しても自ずと涙がこぼれます……。

 斯う言った親子の情愛などと申すものは、いつまで経ってもなかなか消えて無くなるものではないようで、私は現在でも矢張り父は父としてなつかしく、母は母として慕わしく感じます。が、不思議なもので、だんだん修行が積むにつれて、ドーやら情念の発作を打消して行くのが上手になるようでございます。それがつまり向上なのでございましょうかしら……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


9、神鏡

2010/06/24

 一と通り見物が済むと、私達は再び岩屋の内部へ戻って来ました。すると神様は私に向い、早速修行のことにつきて、噛んでくくめるようにいろいろと説きさとしてくださるのでした。

『これからのそなたの生活は、現世のそれとはすっかり趣が変るから一時も早くそのつもりになってもらわねばならぬ。現世の生活にありては、主なるものが衣食住の苦労、大概の人間はただそれっきりの事にあくせくして一生を過して了うのであるが、こちらでは衣食住の心配は全然ない。大体肉体あっての衣食住で、肉体を棄てた幽界の住人は、できる丈早くそうした地上の考えを頭脳の中から払いのける工夫をせなければならぬ。それからこちらの住人として何より慎まねばならぬは、怨み、そねみ、又もろもろの欲望……そう言ったものに心を奪われるが最後、つまりは幽界の亡者として、いつまで経っても浮ぶ瀬はないことになる。で、こちらの世界で、何よりも大切な修行というのは精神の統一で、精神統一以外には殆んど何物もないといえる。つまりこれは一心不乱に神様を念じ、神様と自分とを一体にまとめて了って、他の一切の雑念妄想を払いのける工夫なのであるが、実地に行って見ると、これは思いの外に六ヶしい仕事で、少しの油断があれば、姿はいかに殊勝らしく神様の前に坐っていても、心はいつしか悪魔の胸に通っている。内容よりも外形を尚ぶ現世の人の眼は、それで結構くらませることができても、こちらの世界ではそのごまかしはきかぬ。すべては皆神の眼に映り、又或る程度お互の眼にも映る……。で、これからそなたも早速この精神統一の修行にかからねばならぬが、もちろん最初から完全を望むのは無理で、従って或る程度の過失は見逃しもするが、眼にあまる所はその都度きびしく注意を与えるから、そなたもその覚悟で居てもらいたい。又何ぞ望みがあるなら、今の中に遠慮なく申出るがよい。無理のないことであるならすべて許すつもりであるから……。』

 漸く寝床を離れたと思えば、モーすぐこのようなきびしい修行のお催促で、その時の私は随分辛いことだ、と思いました。その後こちらで様子を窺って居りますと、人によりては随分寛やかな取扱いを受け、まるで夢のような、呑気らしい生活を送っているものも沢山見受けられますが、これはドーいう訳か私にもよく判りませぬ。私などはとりわけ、きびしい修行を仰せつけられた一人のようで、自分ながら不思議でなりませぬ。矢張りこれも身魂の因縁とやら申すものでございましょうか……。

 それは兎も角も、私は神様から何ぞ望みのものを言えと言われ、いろいろと考え抜いた末にたった一つだけ註文を出しました。

『お爺さま、何うぞ私に一つの御神鏡を授けて戴き度う存じます。私はそれを御神体としてその前で精神統一の修行を致そうと思います。何かの目標がないと、私にはとても神様を拝むような気分になれそうもございませぬ……。』

『それは至極尤もな願いじゃ、直ちにそれを戴いてつかわす。』

 お爺さまは快く私の願いを入れ、ちょっとあちらを向いて黙祷されましたが、モー次ぎの瞬間には、白木の台座の附いた、一体の御鏡がお爺さまの掌に載っていました。右の御鏡は早速岩屋の奥の、程よき高さの壁の凹所に据えられ、私の礼拝の最も神聖な目標となりました。それからモー四百余年、私の境涯はその間に幾度も幾度も変りましたが、しかし私は今も尚おその時戴いた御鏡の前で静座黙祷をつづけて居るのでございます。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


入力者: 泉美

かな修正: いさお


8、岩窟

2010/06/23

 話が少し後に戻りますが、この辺で一つ取りまとめて私の最初の修行場、つまり、私がこちらの世界で真先きに置かれました境涯につきて、一と通り申述べて置くことに致したいと存じます。実は私自身も、初めてこちらの世界に眼を覚ました当座は、只一図に口惜しいやら、悲しいやらで胸が一ぱいで、自分の居る場所がどんな所かというような事に、注意するだけの心の余裕とてもなかったのでございます。それに四辺が妙に薄暗くて気が滅入るようで、誰しもあんな境遇に置かれたら、恐らくあまり朗かな気分にはなれそうもないかと考えられるのでございます。

 が、その中、あの最初の精神の暴風雨が次第に収まるにつれて、私の傷けられた頭脳にも少しづつ人心地が出てまいりました。うとうとしながらも私は考えました。

『私は今斯うして、たった一人法師で寝ているが、一たいここは何んな所かしら……。私が死んだものとすれば、ここは矢張り冥途とやらに相違ないであろうが、しかし私は三途の川らしいものを渡った覚えはない……閻魔様らしいものに逢った様子もない……何が何やらさっぱり腑に落ちない。モー少し光明が射してくれると良いのだが……。』

 私は少し枕から頭部を擡げて、覚束ない眼つきをして、あちこち見廻したのでございます。最初は、何やら濛気でもかかっているようで、物のけじめも判りかねましたが、その中不図何所からともなしに、一条の光明が射し込んで来ると同時に、自分の置かれている所が、一つの大きな洞穴――岩屋の内部であることに気づきました。私は、少なからずびっくりしました。――

『オヤオヤ! 私は不思議な所に居る……私は夢を見ているのかしら……それとも爰は私の墓場かしら……。』

 私は全く途方に暮れ、泣くにも泣かれないような気持で、ひしと枕に噛りつくより外に詮術もないのでした。

 その時不意に私の枕辺近くお姿を現わして、いろいろと難有い慰めのお言葉をかけ、又何くれと詳しい説明をしてくだされたのは、例の私の指導役の神様でした。痒い所へ手が届くと申しましょうか、神様の方では、いつもチャーンとこちらの胸の中を見すかしていて、時と場合にぴったり当てはまった事を説ききかせてくださるのでございますから、どんなに判りの悪い者でも最後にはおとなしく耳を傾けることになって了います。私などは随分我執の強い方でございますが、それでもだんだん感化されて、肉身のお祖父様のようにお慕い申上げ、勿体ないとは知りつつも、私はいつしかこの神様を『お爺さま』とお呼び申上げるようになって了いました。前にも申上げたとおり私のような者がドーやら一人前のものになることができましたのは、偏にお爺さまのお仕込みの賜でございます。全く世の中に神様ほど難有いものはございませぬ。善きにつけ、悪しきにつけ、影身に添いて、人知れず何彼とお世話を焼いてくださるのでございます。それがよく判らないばかりに、兎角人間はわが侭が出たり、慢心が出たりして、飛んだ過失をしでかすことにもなりますので……。これはこちらの世界に引越して見ると、だんだん判ってまいります。

 うっかりつまらぬ事を申上げてお手間を取らせました。私は急いで、あの時、神様が幽界の修行の事、その他に就いて私に言いきかせて下されたお話の要点を申上げることに致しましょう。それは大体斯うでございました。――

『そなたは今岩屋の内部に居ることに気づいて、いろいろ思い惑って居るらしいが、この岩屋は神界に於いて、そなたの修行の為めに特にこしらえてくだされた、難有い道場であるから、当分比所でみっしり修行を積み、早く上の境涯へ進む工夫をせねばならぬ。勿論ここは墓場ではない。墓は現界のもので、こちらの世界に墓はない……。現在そなたの眼にはこの岩屋が薄暗く感ずるであろうが、これは修行が積むにつれて自然に明るくなる。幽界では、暗いも、明るいもすべてその人の器量次第、心の明るいものは何所に居ても明るく、心の暗いものは、何所へ行っても暗い……。先刻そなたは三途の川や、閻魔様の事を考えていたらしいが、あれは仏者の方便である。嘘でもないが又事実でもない。あのようなものを見せるのはいと容易いがただ我国の神の道として、一切方便は使わぬことにしてある……。そなたはただ一人この道場に住むことを心細いと思うてはならぬ。入口には注連縄が張ってあるので、悪魔外道の類は絶対に入ることはできぬ。又たとえ何事が起っても、神の眼はいつも見張っているから、少しも不安を感ずるには及ばぬ……。すべて修行場は人によりてめいめい異う。家屋の内部に置かるるものもあれば、山の中に置かるる者もある。親子夫婦の間柄でも、一所には決して住むものでない。その天分なり、行状なりが各自異うからである。但し逢おうと思えば差支ない限りいつでも逢える……。』

 一応お話が終った時に、神様はやおら私の手を執って、扶け起こしてくださいました。『そなたも一つ元気を出して、歩るいて見るがよい。病気は肉体のもので、魂に病気はない。これから岩屋の模様を見せてつかわす……。』

 私はついふらふらと起き上りましたが、不思議にそれっきり病人らしい気持が失せて了い、同時に今迄敷いてあった寝具類も烟のように消えて了いました。私はその瞬間から現在に至るまで、ただの一度も寝床の上に臥たいと思った覚えはございませぬ。

 それから私は神様に導かれて、あちこち歩いて見て、すっかり岩屋の内外の模様を知ることができました。岩屋は可なり巨きなもので、高さと幅さは凡そ三四間、奥行は十間余りもございましょうか。そして中央の所がちょっと折れ曲って、斜めに外に出るようになって居ります。岩屋の所在地は、相当に高い、岩山の麓で、山の裾をくり抜いて造ったものでございました。入口に立って四辺を見ると、見渡す限り山ばかりで、海も川も一つも見えません。現界の景色と比べて別に格段の相違もありませぬが、ただこちらの景色の方がどことなく浄らかで、そして奥深い感じが致しました。

 岩屋の入口には、神様の言われましたとおり、果たして新しい注連縄が一筋張ってありました。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

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入力者: 泉美

かな修正: いさお


7、祖父の訪れ

2010/06/22

 私がお神使の神様から真先きに言いきかされたお言葉は、今ではあまりよく覚えても居りませぬが、大体こんなような意味のものでございました。――

『そなたはしきりに先刻から現世の事を思い出して、悲嘆の涙にくれているが、何事がありても再び現世に戻ることだけは協わぬのじゃ。そんなことばかり考えていると、良い境涯へはとても進めぬぞ! これからは俺がそなたの指導役、何事もよくききわけて、尊い神さまの裔孫としての御名を汚さぬよう、一時も早く役にもたたぬ現世の執着から離れるよう、しっかりと修行をして貰いますぞ! 執着が残っている限り何事もだめじゃ……。』

 が、その場合の私には、斯うした神様のお言葉などは殆んど耳にも入りませんでした。私はいろいろの難題を持ち出してさんざん神様を困らせました。お恥かしいことながら、罪滅ぼしのつもりで一つ二つここで懺悔いたして置きます。

 私が持ちかけた難題の一つは、早く良人に逢いたいという註文でございました。『現世で怨みが晴らせなかったから、良人と二人力を合わせて怨霊となり、せめて仇敵を取り殺してやりたい……。』――これが神さまに向ってのお願いなのでございますから、神さまもさぞ呆れ返って了われたことでしょう。もちろん、神様はそんな註文に応じてくださる筈はございませぬ。『他人を怨むことは何より罪深い仕業であるから許すことはできぬ。又良人には現世の執着が除れた時に、機会を見て逢わせてつかわす……。』いとも穏かに大体そんな意味のことを諭されました。もう一つ私が神様にお願いしたのは、自分の遺骸を見せて呉れとの註文でございました。当時の私には、せめて一度でも眼前に自分の遺骸を見なければ、何やら夢でも見て居るような気持で、あきらめがつかなくて仕方がないのでした。神さまはしばし考えていられたが、とうとう私の願いを容れて、あの諸磯の隠宅の一と間に横たわったままの、私の遺骸をまざまざと見せてくださいました。あの痩せた、蒼白い、まるで幽霊のような醜くい自分の姿――私は一と目見てぞっとして了いました。『モー結構でございます。』覚えずそう言って御免を蒙って了いましたが、この事は大へん私の心を落つかせるのに効能があったようでございました。

 まだ外にもいろいろありますが、あまりにも愚かしい事のみでございますので、一と先ずこれで切り上げさせて戴きます。現在の私とて、まだまだ一向駄眼でございますが、帰幽当座の私などはまるで醜くい執着の凝塊、只今想い出しても顔が赭らんで了います……。

 兎に角神様も斯んなききわけのない私の処置にはほとほとお手を焼かれたらしく、いろいろと手をかえ、品をかえて御指導の労を執ってくださいましたが、やがて私の祖父……私より十年ほど前に歿りました祖父を連れて来て、私の説諭を仰せつけられました。何にしろとても逢われないものと思い込んでいた肉親の祖父が、元の通りの慈愛に溢れた温容で、泣き悶えている私の枕辺にひょっくりとその姿を現わしたのですから、その時の私のうれしさ、心強さ!

『まあお爺さまでございますか!』私は覚えず跳び起きて、祖父の肩に取り縋って了いました。帰幽後私の暗い暗い心胸に一点の光明が射したのは実にこの時が最初でございました。

 祖父はさまざまに私をいたわり、且つ励ましてくれました。――

『そなたも若いのに歿なって、まことに気の毒なことであるが、世の中はすべて老少不定、寿命ばかりは何んとも致方がない。これから先きはこの祖父も神さまのお手伝として、そなたの手引きをして、是非ともそなたを立派なものに仕上げて見せるから、こちらへ来たとて決して決して心細いことも、又心配なこともない。請合って、他の人達よりも幸福なものにしてあげる……。』

 祖父の言葉には格別これと取り立てていうほどのこともないのですが、場合が場合なので、それは丁度しとしとと降る春雨の乾いた地面に浸みるように、私の荒んだ胸に融け込んで行きました。お蔭で私はそれから幾分心の落付きを取り戻し、神さまの仰せにもだんだん従うようになりました。人を見て法を説けとやら、こんな場合には矢張り段違いの神様よりも、お馴染みの祖父の方が、却って都合のよいこともあるものと見えます。私の祖父の年齢でございますか――たしか祖父は七十余りで歿りました。白哲で細面の、小柄の老人で、歯は一本なしに抜けて居ました。生前は薄い頭髪を茶筌に結っていましたが、幽界で私の許に訪れた時は、意外にもすっかり頭顱を丸めて居りました。私と異って祖父は熱心な仏教の信仰者だった為めでございましょう……。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
底本の親本は心霊科学研究会出版部
1937(昭和12)年02月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ また、HTML化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に置き換えました。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

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入力者: 泉美

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6、幽界の指導者

2010/06/21

 いよいよこれから、こちらの世界のお話になりますが、最初はまだ半分足を現世にかけているようなもので、矢張り娑婆臭い、おきき苦しい事実ばかり申上げることになりそうでございます。――ナニその方が人間味があって却って面白いと仰っしゃるか……。御冗談でございましょう。話すものの身になれば、こんな辛い、恥かしいことはないのです……。

 これは後で神様からきかされた事でございますが、私は矢張り、自力で自然に眼を覚ましたというよりか、神さまのお力で眼を覚まして戴いたのだそうでございます。その神さまというのは、大国主神様のお指図を受けて、新らしい帰幽者の世話をして下さる方なのでございます。これにつきては後で詳しく申上げますが、兎に角新たに幽界に入ったもので、斯う言った神の神使、西洋で申す天使のお世話に預からないものは一人もございませんので……。

 幽界で眼を覚ました瞬間の気分でございますか――それはうっとりと夢でも見ているような気持、そのくせ、何やら心の奥の方で『自分の居る世界はモー異っている……。』と言った、微かな自覚があるのです。四辺は夕暮の色につつまれた、いかにも森閑とした、丁度山寺にでも臥て居るような感じでございます。

 そうする中に私の意識は少しづつ回復してまいりました。

『自分はとうとう死んで了ったのか……。』

 死の自覚が頭脳の内部ではっきりすると同時に、私は次第に激しい昂奮の暴風雨の中にまき込まれて行きました。私が先ず何よりつらく感じたのは、後に残した、老いたる両親のことでした。散々苦労ばかりかけて、何んの報ゆるところもなく、若い身上で、先立ってこちらへ引越して了った親不孝の罪、こればかりは全く身を切られるような思いがするのでした。『済みませぬ済みませぬ、どうぞどうぞお許しくださいませ……』何回私はそれを繰り返して血の涙に咽んだことでしょう!

 そうする中にも私の心は更に他のさまざまの暗い考えに掻き乱されました。『親にさえ背いて折角三浦の土地に踏みとどまりながら、自分は遂に何の仕出かしたこともなかった! 何んという腑甲斐なさ……何んという不運の身の上……口惜しい……悲しい……情けない……。』何が何やら、頭脳の中はただごちゃごちゃするのみでした。

 そうかと思えば、次ぎの瞬間には、私はこれから先きの未知の世界の心細さに慄い戦いているのでした。『誰人も迎えに来てくれるものはないのかしら……。』私はまるで真暗闇の底無しの井戸の内部へでも突き落されたように感ずるのでした。

 ほとんど気でも狂うかと思われました時に、ひょくりと私の枕辺に一人の老人が姿を現しました。身には平袖の白衣を着て、帯を前で結び、何やら絵で見覚えの天人らしい姿、そして何んともいえぬ威厳と温情との兼ね具った、神々しい表情で凝乎と私を見つめて居られます。『一体これは何誰かしら……』心は千々に乱れながらも、私は多少の好奇心を催さずに居られませんでした。

 このお方こそ、前に私がちょっと申上げた大国主神様からのお神使なのでございます。私はこのお方の一と方ならぬ導きによりて、辛くも心の闇から救い上げられ、尚おその上に天眼通その他の能力を仕込まれて、ドーやらこちらの世界で一人立ちができるようになったのでございます。これは前にものべた通り、決して私にのみ限ったことではなく、どなたでも皆神様のお世話になるのでございますが、ただ身魂の因縁とでも申しましょうか、めいめいの踏むべき道筋は異います。私などは随分きびしい、険しい道を踏まねばならなかった一人で、苦労も一しお多かったかわりに、幾分か他の方より早く明るい世界に抜け出ることにもなりました。ここで念の為めに申上げて置きますが、私を指導してくだすった神様は、お姿は普通の老人の姿を執って居られますが、実は人間ではございませぬ。つまり最初から生き通しの神、あなた方の自然霊というものなのです。斯う言った方のほうが、新らしい帰幽者を指導するのに、まつわる何の情実もなくて、人霊よりもよほど具合が宜しいと申すことでございます。


底本:「霊界通信 小桜姫物語」 潮文社

1998(平成10)年07月31日第九刷発行
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入力者: 泉美

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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。