1  本書の著者

 本書の前篇『死後の世界』を読まれた方には、本書の著者ジエ・エス・エム・ワアド氏がいかなる霊能の所有者であるか、又本書がいかなる題目を取扱ったものであるか、等の事柄は大体お判りになって居られる筈ですから、すべて爰にはごく簡単に紹介して置きます。で、まだ御一読されない方は、是非この際『死後の世界』をも併せ読まるることを切望に堪えませぬ。『死後の世界』と『幽界行脚』とはたしかに近代心霊学界の双璧で、正確なる事実と同時に文学的の興味をも兼ね備え、世界中でやや立ち遅れの気味ある本邦の学徒を啓発すべき無比の好著としての価値が充分であります。

 一昨昭和三年秋ロンドン滞在中に私は二度ほどワアド氏と会談しました。氏は当時四十八歳の血気盛り、すらりとした痩ぎすの人物で、一見鋭い理性と優れた霊分の所有者であることが判りました。曾てビルマに居住したことがある丈東洋方面の事柄にはなかなか深き理解を有して居り、近頃はしきりに仏教や仙道の奥儀を究めつつあるようで、従ってその霊覚もずッと奥深く進んだ模様でした。『近頃研究して居ることはドーも人間界の文字に書き現わすことが困難で弱って居ます……。』しきりにそんな事を言って居ました。

 本書の原名は『サバルターン・イン・スピリット・ランド』と題してあります。ワアド氏がその独特の霊魂遊離能力を活用し、一九一六年四月欧州大戦で戦死を遂げたその実弟レックス中尉を幽界に訪問して蒐輯した材料を整理し、一巻の書物にしたものですから、その描く所微に入り、細に亘り、殆んど現実世界の探検記でも読むような感があります。この点本著者の独壇場で断然他の追随を許さぬ点であります。

 著者はその序文に斯くのべて居ります。――『大体に於て既成宗教は人類の口から発せらるる最も痛切な質疑――死後われわれは何所に行くか? という問に対して何等の解答を与えて居ない。われわれは暗黒より出でて暗黒に帰る。何所より来り、何所に行くか殆んど判らないというのが実際の事実であります。既成宗教にして人間の痛切なるこの質疑に応うることができない以上、宗教家以外のものがこの要望に当るより外致方がありますまい。われわれは既に科学的眼光を以て自然の秘密を発きました。これと同一筆法で死の最大秘密を発こうではありませんか。この仕事は既に着手されて居ります。日毎に真面目なる研究者の数は加わり、日毎に新らしき発見が現われつつあります。若し宗教者流がこの大事業に参加協力する事を拒むならば、遺憾ながら真理に目覚めたるわれわれのみで勇往邁進しようではありませんか。』以て本書の著者の熾んなる意気込みを窺うべきであります。


底本:「幽界行脚(A Subaltern in Spirit Land)」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)

浅野和三郎・粕川章子 共

 

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。