32 第七境まで

 それから吾輩は守護神に導かれて市外に出た。途中幾つかの町や村を過ぎ、とうとう一つの山脈の麓に達した。吾輩はその山を喘ぎ喘ぎ登って行ったが、登るにつれて道路はますます険阻になった。やっとのことでその頂上に達して見ると、前面のすぐ近いところに休憩所が建ていた。それは今迄の何れよりも大きく、美しく、巍々として高く空中に聳え、そして最高層からは一大光明が赫灼として闇中を照らした。

 しかし最後の一と骨折らずには地獄を脱け出ることは許されなかった。吾輩は俄然一群の乱民に包囲され其所の絶壁から下につき落されんとしたのである。

 が、吾輩もモーこれしきのことでは容易に勇気を失わない。満腔の念力を集注して打ちかかる者どもを右に左に投げつけた。同時に吾輩の守護神が全身から光明を迸らしつつ側に立っていてくださるので、とうとう悪霊どもは恐れ戦きつつ敗走した。

 光りは吾輩に取りでも非常な苦痛を与えたが、歯をくいしばってそれを耐えた。そしてよろめきながら漸く休憩所の玄関まで辿りつくと、内部から扉が開いて、誰やらが親切に吾輩の手を取りて引き入れてくれた。戸外には尚お敗走した乱民の叫喚の声がかすかにきこえた。

 その時何所やらで吾輩の守護神が言われた。──

『わが児よ、余はしばらく姿だけ隠して居るが、いつもすぐ傍について居るから安心しているがよい……。』

 それから吾輩は其所の親切な天使達に導かれて薄暗い室に入って休息したが、光明が強くて眼が開けられないので、それが何んな風采の人達なのかはさっぱり判らなかった。

 間もなく吾輩は其所の病院に入られて一種の手術を受けた。それは吾輩の汚れた躯から邪悪分子を除去する為めであった。その手術がすむと、驚いたことには吾輩の躯はめちゃめちゃに縮少して小ッぽけな赤ん坊の大きさになって了っていた! それからだんだん体格を築き上げて行って、間もなく学校へ通学し得るところまで発達した。その学校で御目にかかったのがPさんで、吾輩は大変御面倒をかけたものです。当時学校中の最不良少年は吾輩であったが、それでもPさんはどこまでも吾輩を見棄ててはくださらなかった。

 Pさんは学校を退かれるにのぞみ、是非後について上の世界に昇って来るようにとしきりに勧められたので、吾輩もとうとうその覚悟をきめましたが、後の物語りは次回に申上げます。──

 ワアド氏は早くその先をききたかったが、止むを得ず別れをつげて地上の肉体に戻りました。


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。