3 本書の翻訳

 私が本書の翻訳紹介を始めましたのは『死後の世界』の翻訳の直後、大正十五年の春のことで、当時私は大阪に客寓の身の上でした。間もなく『心霊科学研究会』が東京に引移ると共に私もこれに伴いて鶴見に移り住み、其所でしばらく翻訳の筆をつづけ、毎月一部分づつ『心霊と人生』誌上に発表して居ました。が、第二十回『地獄行の溜』を終った時に、私の筆はしばらく中絶することになりました。それは私がこの翻訳に飽きた為めではなく、他に緊急の仕事ができて、この翻訳の筆を執って居る遑がなくなった為めでした。私は常にその事が気にかかり『あれは早く完成せんと可かんが……』と思って居ました。何となれば本書の内容がいかにも充実して居り、之を日本の読書界に紹介することは非常に大切な仕事であると信じ切って居たからであります。

 私のこの遺憾は粕川章子女史によりて漸く除かれました。粕川氏は私の文体を精細に調査研究した上で、成るべく同様の措辞文脈を用い、第二十一回以下の翻訳を続けてくれました。これは誠に至難の業で、決して誰にもできる芸当ではないのですが、粕川氏はその豊富なる語学と,自由なる詞藻とを以てして、殆んど遺憾なくこの難事業を完成してくれました。尚お私としてもできる丈筆を加えて文体の一致融合を企てましたから、誰が御覧になっても木に竹を接いだような遺憾は先ずなかろうかと惑じます。今回本書が刊行されるにつき一言その次第を附記して大方の清鑑を仰ぐ次第であります。

     昭和五年秋十月                        .

鶴見の草堂にて      .       

浅野和三郎識


底本:「幽界行脚(A Subaltern in Spirit Land)」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎・粕川章子 共

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。