27 守護の天使との邂逅 (上)

 その時闇を通して強く明かに何やらきき慣れぬ不思議な音声がひびいて来た。それは何所やら喇叭を連想させるような一種の諧調を帯びたものであった。耳をすますと斯うきこえる。──

『わが児よ、余は汝が一歩一歩余に近づきつつあるをうれしく思うぞ。多くの歳月汝は余に遠ざかるべくつとめていた。されど余はしばしも汝を見棄てる事なく、何時か汝の心が再び神に向う日のあるべきをひたすらに祈っていた。──ただ余の姿を汝に見せるのはまだ早きに過ぎる。余の全身より迸り出る光明はあまりに強く、とても現在の汝の眼には耐えられそうにもない。』

『ああ天使さま!』と吾輩は叫んだ。『私が神の御前にまかり出ることが出来ないのは、神の御光の強過ぎる為めで厶いましょうか?』

『その通りじゃ。何人も直に神の御光の前に出ることは能きぬ。されど何事にも屈せず撓まず飽まで前進をつづけて行かねばならぬ。余の声をしるべに進め! 進むに連れて余の姿は次第に汝の眼に映るであろう。』

 そうする中に休憩所の天使の一人が室内に歩み入り、吾輩の手を取りて入口とは別の扉を開けて戸外に連れ出してくれた。ふと気がつくと、遥か遥か遠い所にささやかな一点の星のような光が見え、次ぎの声が其所から発するように感ぜられた。──

『余に従え! 導いてやるぞ。』

 吾輩は些しの疑惑もなしに闇の中をばとぼとぼとその光を目当に進んで行った。すると守護神──これは後で判ったのですが──は間断なく慰撫奨励の言葉をかけてくださった。路は嶮阻な絶壁のような所についていて、吾輩は何回躓き倒れ、何回足を踏み滑らしたか知れないが、それでも次第に上へ上へと登って行った。丁度路の半に達したと思われる所に、とある洞穴があってその中から一団の霊魂どもがあらわれて、吾輩めがけて突撃して来た。そいつ等は下方の壑間に吾輩を突き落そうとするのである。──が、忽然として救助の為めに近づいて来たのはかの道しるべの光であった。それを見ると襲いかかった悪霊どもは悲鳴を挙げて一目散に逃げ去った。

 最早心配なしと認めた時に吾輩の守護神はいつしか原の位置に帰って居られたが、その為めに吾輩もほッと一と息ついたのであった。何故かというに、吾輩の躯も敵ほどではなかったが、光に射られていくらか火傷をして居たのであるから………。

 その中に道はとある大きな瀑布の所へさしかかった。地上のそれとは異って、地獄の瀑布はインキのように真黒で、薄汚ないどろどろの泡沫が浮いている。そしてその附近の道はツルツル滑って事の外危険である。──が、何人かが人工的にそこいらに足場を附け、しかもひッきりなしに手入して居るらしい模様なのである。吾輩はその時まで成るべく口を噤んで居たが、とうとう思い切って守護神に訊ねて見た。──

『一たいここの道路を誰が普請するので厶いますか? 何うしてこんなに手がとどいているのでしょう?』

 すると守護神は遠方からこれに答えた。──

『それは地獄の中に休憩所を設けて居らるる天使達が義侠的にした仕事じゃ。ここの道路は地獄の第四部と第五部とをつなぐものでこれを完全に護るのが彼等の重大なる任務の一つじゃ。下の境涯に居る霊魂どもは隊伍を組んで、飽までもこの道路を壊しにかかって居るから油断などは少しもできない……』


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。