2 幽界居住者の序文

 著者の亡弟レックス中尉は兄の手を借りて幽界から本書の序文を書いて居りますが、霊魂が書物の序文を書くということそれ自身が破天荒であるばかりでなく、その言辞が条理兼ね具わり、非常に面白いと思われますから、序でに之れを訳出して御覧に入れることに致します――

『世間の人はわれわれ戦死者を一時は認めます。よく死んでくれたと言ってくれます。が、それッきりわれわれのことを忘れ去ります。永くわれわれを悼み、われわれを記憶して、人知れず悲歎の涙に暮るるものはホンの少数の人に過ぎません。多くの人は皆各自の間に争闘をこれ事とし、地上の悩みがさきの世界大戦ではまだ足りないかの面持をして居ります。彼等はわれわれに「勇敢なる戦死者」という名称を与え、この文句をダシに使って自己の野心と意見とを押し売りする為めの材料に用います。

『が、われわれを悼むものも、又われわれを忘れ去る者も、何れも誤って居ります。われわれは正義と真理と自由とを生かすが為めに死にました。少くとも私は母国の自由の為めに死にました。死んで、そして生きて居ります。死後の生命は実にわれわれに与えられたる最大の報酬であります。地上の人がドー気張って見ても死後の生命丈はわれわれから奪うことは能きません。この新事実を発見したわれわれが後に残せる地上の人達に早く知らせたく熱望するのは何の不思議もありますまい。人を畏縮せしむるものは「死」ではありません。「死に対する恐怖」であります。死の恐怖を去れ、さすれば地上の生活は生き甲斐のあるものとなります。イヤ単にそれ丈に止まりません。地上の生活は他のそれぞれの世界に跨るところの無限の生命のただ一つの連鎖たるに過ぎません。

『われわれを悼む人達に向っては私は斯う申し上げたい――死はむしろわれわれの解放者であってわれわれの拘束者ではない。片々たる現世の労苦と悩みとより眼にもとまらぬ早業で切り離してくれるのは死で、われわれはこれに感謝の意を表して居るのであると。

『死後の世界を諸君の住める世界に比すれば、肌ざわりよき初夏の真昼と暗澹たる霜月の夜とを比較するが如きものであります。が、われわれの世界とても矢張りその前途に横われる未来の世界の影に過ぎません。若し私に何等かの恐怖がありとすれば、それは遠き未来に於てモ一度地上に引き戻され、人間の肉体に宿るべく命ぜらるることであります。あなた方は生死の別れのつらいことを仰ッしゃるでしょう。然り、別れはつらいに相違ない。けれどもあなた方のお児達とて遠く母国を後にして海外の何所かに移り住まるることがあるでしょう。あなた方は地上ならば手紙が届くが、死んだものは手紙をくれぬと仰ッしゃられるかも知れません。ところがわれわれは毎日手紙を送るどころかお訪ねもいたします。あなた方の所謂夢――われわれはその夢にあなた方を訪れるのです。あなた方さえお望みなら尚おいくらでもわれわれの通信を受取る方法があるでしょう。

『われわれはあなた方と違って自由の身の上ですから御歓びください。われわれの一番の暴君はモーほろびました。われわれを奴隷にするものは肉体です。われわれは最早パンの為めに汗水垂らしてイヤな仕事をする必要がなくなりました。何人もわれわれの仕事を奪ったり、又われわれに過重の仕事を負わせたりすることは能きません。われわれは空飛ぶ小鳥よりも自由です。何となれば、鳥でも日毎に食を求め、人を恐れてビクビクしているではありませんか。

『が、これ等の何れよりも難有いのは霊魂の最大仇敵たる、肉慾の煩いから免れ得たことです。地上の生活中の尤もよきものは残り、尤も悪きものは去り、そしてそのかわりに遥かにすぐれたる幾多の楽みが与えられて居ります。然らばあなた方がモ一度地上に戻れとわれわれに望まるるのはいささか利己的ではありませんか。あなた方は地上をさほどに結構な愉快なところと思召されますか。それほどそれが幸福に充ち、平和に充ちて居りますか。否、若し私に一人の憎い憎い人がありとすれば、その人が永久地上に住むことを祈るほど深き呪いはないのです。

『神がわれわれの地上生活を短縮してくだすったことは何よりの恩恵であります。われわれは地上の生活の取るに足らぬを知るにはあれだけの経験で沢山です。ですからわれわれの為めには少しも悼んでくださいますな。若し是非そうしたいと思召すなら、無事に兵火の巷をくぐりぬけ、母国に帰りてその高き理想の空しく破壊され、その青春の血汐の涸れ果てたことを発見して失望の淵に沈む人達の為めに哀悼の意を表して下さい。

『イヤ実際に私は幸福であります。又私達の中で一意向上の進路を辿るものは皆幸福であります。「恐怖の王」――死の通過と同時に一切の恐怖は消え失せ、われわれは安心して暮しています。われわれの前には金色の広い光の路が眼もはるかに拡がり、その両側にはすぐれて麗わしき不朽の花が咲き乱れ、そして一歩足を転ずる毎に前よりもはるかに美しき光景が展開して行きます。進めば進むだけ人生の暗い森が遠ざかり、やがて幾もなくして世上生活の記憶はただ一場の朦朧たる悪夢と消えて了うでしょう。勿論現在のわれわれの歓びは全きものではありません。理想は常に遠き未来に残されます。が、少しも恐るる所なくわれわれは前進をつづけ、時々足を停めて地上に向ってわれわれの通信を送るだけであります。いつでもお出でください。友として歓迎致します。地上に於て点火されたる愛はここでは一層明るく燃えますが、之れに反して憎みの念は次第に消え去ります。われわれは地上でわれわれの仕事を果しました。今はここで仕事をやりつつあります。何卒諸君は現在のわれわれをよく理解して、いつも地上に居った時の旧阿蒙であると考えてはくださいますな。何卒われわれの自由をお歓びください。そしていずれ再会の折までは、あなた方はあなた方の胸に宿る信仰の光の後を追って行ってください。その光は死の門があなた方の後に固く鎖された時にいよいよ赫灼たる光輝を放つでありましょう。』


底本:「幽界行脚(A Subaltern in Spirit Land)」 嵩山房

発行: 1931(昭和6)年1月15日発行

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎・粕川章子 共

 

※ 訳者の一人、粕川章子氏の翻訳家著作商用権は2018年まで有効ですが、当サイトは粕川章子氏の御遺族の同意を得て公開しております。なお、本文の転載、商用利用などは御遺族の了承が必要です。

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。