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3 幽界の居住者

2010/02/28

 今度のは前回のとは少々趣が異って、ワアド氏の口が動いて喋り出したのでした。むろん口を使って居るのは陸軍士官であります。──

 吾輩はこの辺で一つ彼の酒の親分の正体を説明して置きたいと思います。彼は所謂妖精ではない。又人間の憎念が凝り固まって出来上った変化でもない。彼は極度に飲酒を渇望するすべての人々の煩悩から創り出された一の妖魔であります。故に一旦世界中から飲酒慾が消え去った暁には、あんなものは次第に存在を失います。但しすぐに消えはしません。何となれば人間界に飲酒慾が消滅しても幽界には暫時彼を給養するに足る丈の材料があるからであります。けれども人間が全然飲酒の習慣を癈した上は、われわれ幽界のものも結局酒の香さえ嗅げないことになりますから、自然かの妖魔とても栄養不良に陥ります。但しこれはひとり飲酒ばかりでなく一切の煩悩が皆その通りなのであります。

 人間の想像で創りあげた悪魔は、それを創った人が右の想像を棄てると共に消滅しますが、困ったことには他の人が又後から後からそれを復活せしめて行きます。僧侶などの中には、どんなに悪魔を製造して地獄に供給したものがあるか知れません。そんな悪魔はしきりに地獄の居住者を悩まします。しかし悪魔の存在を知らないものの眼には決してその姿が見えないのが不思議であります。

 妖精というものは、それとは全然性質が異います。彼等はわれわれと同じく独立して存在します。ドーして妖精が最初発生したのかは吾輩には判りません。又妖精と云ったところで決してその全体が悪性のものばかりではない。中には快活で、気楽で、渓谷や森林に出入して居るものもあります。そして無邪気な小児達の眼にときどきその姿を見せるものでありますが、そんな事を白状すると小供達は笑われたり、叱られたりするので、だんだん黙って居る癖がつき、その中妖精に対する信仰が失われて交通が杜絶して了ったのです。

 妖精にはいろいろの種類がある。風の精、木の精、花の精……、その他数限りもない。吾輩は当分彼等の中で悪性のものだけに就いて述べることにします。が、悪性と云ってもそれには程度があります。又妖精とて進歩もするらしいのですが、その詳しいことは判りません。

 時とすれば死者の霊魂は自分の遺族に未練を残してそれを護ろうとします。彼等にも偶につまらない注意や警告を与える位の力はありますが、しかし死の予告などをやるのは、実は皆人の死を嗅ぎつけて接近する妖精の仕業であります。彼等は死者の躯からある物質を抽き出そうという魂胆があるのです。

 あの吸血鬼の伝説………。夜間死霊が墓場から脱け出して寝て居る人の血を吸いとるという話は稀には見受けますが、しかし幸いめったに起らないことです。又伝説に言っているような、あんな莫迦げたことでもない……。

 以上述べたところで、大体われわれがこちらで邂逅すシロモノの見当は取れたと存じます。諸君の御親切に対しては感謝の辞がありません。次回には又何か御報告致しましょう。吾輩のは皆乱暴きわまる話ばかりで、Kさんの奥さまはさぞお聴きぐるしくお思いでしょう。しかし吾輩としては申上げるだけの事は皆申上げて了はねばなりません。──では今回はこれで失礼致します。……

 右の陸軍士官の物語が済むと、すぐに叔父さんが入れ代って右に関する批評めいたものを語りました。それは斯うです。──

 Kさんの御夫婦には私からもお礼を申上げます。しかし私の考えますところでは、陸軍士官のお述べになるところは大へん大切で、恐らくわれわれの送る霊界通信中の白眉だろうと存じます。……


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。