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1 死の前後 (上)

2010/02/24

 ここに引続いて紹介することになりますのは、読者がすでにおなじみの無名陸軍士官から主として自動書記で送られた霊界通信であります。この人の閲歴の大要は上篇の第四章『無名の陸軍士官』と題するところに述べてありますとおり、生前死後とも思い切って悪事の有り丈をやりつくし、最後に地獄のドン底へまでも堕ちて来た人物で、叔父さんの生活の平静高雅なのに比べてこれは又惨絶毒絶、一読身の毛の竦立つようなことばかりつづいて居ります。あらかじめその覚悟でお読みになられることを希望しておきます。

 最初の通信は一九一四年二月七日に始まり、同年九月十二日を以て一と先ず完結致します。書中『吾輩』とあるのは皆この無名陸軍士官のことであると御承知を願います。──


 吾輩は劈頭肝要な二三の事実につきて説明を下し、いわゆる地獄とはいかなる性質のものか、はっきり諸君の諒解を得て置いてもらいたいと思います。(と陸軍士官が語り出す。句調は軍人式で、いつもブッキラ棒です)。

 地獄に居住する霊魂の種類は大体左の三種類に分れる。

 (一)人間並に動物の霊魂。

 (二)一度も人体に宿ったことのない精霊。

 (三)他の界から来て居る霊魂。

 右の三種類の中で第二は更に左の三つに小別することが能きそうに思う。

 (イ)妖精──性質の善いもの、悪いもの、並に善悪両面を有するもの。

 (口)妖魔──悪徳の具象化せるもの。

 (ハ)変化──人の憎念その他より化生せるもの。

 ところで右の妖精という奴が一ばん多く、就中幽界にはそいつが大へん跋扈して居る。大抵は皆資質がよくないと相場をきめてかかれば間違はない。外に化生の活神とでもいうべきものが奥の方の高い所に居る。それが人間の霊魂などと合併してしばしば人事上の問題に興味を有って大活動を行る。彼等のある者は一国民の守護をつとめ、ある者はそれぞれの社会、それぞれの地方の守護をつとめる。

 あなた方も幾らか気がついて居られることと思うが、例えば英国を一の国民として考えたときにそれは一種特別の風格を具えていて、之を組織するところの個人個人の性格とはまるきり相違して居ることを発見するでしょう。この一事を見ても、英国を守護するところの何者かが別に存在することは大てい想像し得らるるではありませんか。

 ざっとこれだけのべて置けば人間の霊魂以外の霊界の存在物につきて多少の観念を得られると思う。吾輩が現在置かれて居る半信仰の境涯などには格別珍らしいものは見受けられないが、上の方へ行くといろいろある。天使だの、守護神だのの中には人間の霊魂の向上したのもあるが、そうでない別口も沢山居る。一と口に霊魂などと云っても容易に分類の能きるものではない。

 さてこれから約束通り吾輩の死の前後の物語から始めるとしましょう。吾輩がストランド街をぶらついて居る時のことであった。一台の自動車が背後からやって来て、人のことを突き飛ばして置いておまけに躯の上を轢いて行った。なかなか念が入って居る。吾輩自動車位にやられるような男ではないのだが、その時些とウィスキイを飲み過ぎて居たのでね。ところでへんてこなのはそれからだ。轢かれた後で吾輩はすぐむくむく起き上った。頭脳がちと変だ。その中盛んな人だかりがするので、急いでその場を立ち去って役場へ向った。例の専売品の契約証書に調印する約束が出来て居たからです。

 役場の玄関へ着くと同時に吾輩は扉をたたいて案内を求めた。驚いたことには手が扉を突き抜けて、さっぱり音がしない。むろん何時まで待っても返答がない。仕方がないから委細構わず扉を打ち開けてやろうとすると、何時の間にやら自分の躯がスーッと内部に入っている。

『オヤオヤオヤオヤ!』と覚えず吾輩が叫んだ。『今日は案外酔がっている。斯んな時には仕事を延ばす方がいいかも知れん。』

 が、すぐ眼の前に階段があるので、構わずそれを登って、事務室の扉をたたいた。しかしここも矢張り同じ事で、躯は内部へ突き抜けて了った。


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。