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30 幽界見物 (二)

2010/02/18

『この連中が何の夢を見て居るか、よく注意して見るがよい。』

 そう叔父さんに注意されたので、ワアド氏は早速一人の婦人の状態を注視しました。

 右の婦人の前面には一人の小児の幻影が漂って居ましたが、それが先きへ先きへと逃げるので婦人わさめざめと泣きながら何所までも追いかけました。と、俄かに小児の真の幽体が現われ、同時に先きの幻影はめちゃめちゃに壊れました。母親は歓喜の声をあげて両手を拡げてわが愛児の幽体をかき抱き、その場にベタベタと坐り込んで、何やら物を言うさまは地上で行るのと少しの変りもありません。右の小児は凡そ六歳ばかりの男の児なのでした。

 ワアド。『死んだわが児と夢で逢って居るので厶いますね。可哀そうに……。』

 叔父。『それが済んだら今度は此方のを見るがよい。』

 再び叔父さんに促されてワアド氏は眼を他方に転ずると、そこには三十歳前後の男子が眼を見張りて人の来るのを待っているらしい様子、やがて一人の若い女が近づいてまいりました。

『一たいこの連中は何で厶いますか?』とワアド氏は訊ねました。『二人とも生きて居る人間ではありませんか?』

 叔父。『この二人が何んであるかは私にも判らない。しかしこの男と女とが深い因縁者であることは確かなものじゃ。二人は地上ではまだ会わずにただ幽界だけで会っている。二人が果して地上で会えるものかドーかは判らぬが、是非こんなのは会わしてやりたいものじゃ。──そちらにも一対の男女が居る。』

 ワアド氏は眼を転じて言われた方向を見ますと、爰にも若い男女がうれしそうに双方から歩み寄りましたが、ただ女の附近には一人の老人の幻影がフワフワ漂うて居るのです。

 ワアド。『あの老人は、あれはたしかに猶太人らしいが、何の為めに女に附き纒って居るので厶いましょう?』

 叔父。『あの老人は金子の力であの女子と結婚したのじゃ。若い男は女の実際の恋人であったが、猶太人と結婚するにつけて女の方から拒絶して了った。』

 まだ外にもいろいろの人達がその辺を通過しました。が、一ばんワアド氏を驚かしたのは同氏の父が突如としてこの夢の世界に現われたことでした。

 ワアド。『やあ、あれは自家の父です! 斯んなところへ来て一体何をして居るのでしょう?』

 叔父。『お前のお父さんじゃとて爰へ来るのに何の不思議はあるまい。他の人々と同様現に夢を見て居る最中なのじゃ。事によるとお前の居ることに気がつくかも知れない。』

 が、先方は一心に誰かをさがして居る様子で振り向きもしません。すぐ傍を通過する時に気をつけて見るとワアド氏の祖父の幻影が父の前面に漂うて居るのでした。

 ワアド。『父はお祖父さんのことを考えて居るのですね。いかがでしょう、何所かで会えるでしょうか?』

 叔父。『まず駄目じゃろうナ。お前のお祖父さんは実務と信仰との伴わない境涯で納まりかえって居るから、めったにここまで出掛けて来はしまいよ。』

 ワアド氏の父は間もなく群衆の間に消え去って了いました。


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。