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30 幽界見物 (一)

2010/02/17

 ワアド氏は忽ち強い力量につかまれて、グイと虚空に捲きあげられたと思う間もなく、早や自分の寝室に戻って居ました。平常ならばそれッきり無意識状態に陥るのですが、この時は何やら勝手がちがい、今までよりも遥かに実質ある躯で包まれたような気がしました。その癖自分の肉体は依然として寝台の中で眠って居るのでした。

 と、すぐ背後に叔父さんの声がするので振り返って見ますと、果して叔父さんが来てはいましたが、ただいつも見慣れた叔父さんの姿ではなく、大変老けて居るのが目立ちました。霊界に居る時の叔父さんは地上に居た時よりもずッと若々しくなって居た。ところが今見る叔父さんは達者らしくはあるが、しかし格別若くもない。他のいろいろの点に於てもちょいちょい異ってはいるが、さて何所とつかまえどころもないのでした。

 叔父さんはほほえみながら説明しました。──

『実はこれが私の本当の幽体ではない。私の幽体は、前にも言ったとおり、死んで間もなく分解して了った。仕方がないから私はフワフワ飛びまわって居る幽界の物質をかき集めて一時間に合わせの躯を造りあげたのじゃ。これでも生前の姿を想い出して成るべく似たものにしたつもりじゃ。──どりャ一緒に出掛けよう。』

 そう言って叔父さんはワアド氏の手を執り、虚空を突破して、やがて暗くもなく、又明るくもない、一種夢のような世界に来て足を停めたのでした。

『ここが幽界の夢幻境じゃ。その中夢を見て居る地上の連中がボツボツやって来るじゃろう。』

 ワアド氏はしきりに四周を見廻わしましたが、何時まで経っても、附近の景色はぼんやりと灰色の霧にとざされて判然しない。そして山だの、谷だの、城だの、森だの、湖水だのの所在だけが辛うじて見えるに過ぎない。

 ワアド。『随分ぼんやりした所で厶いますね。いつも此所は斯うなのですか?』

 叔父。『イヤ此所が決してぼんやりして居る訳ではない。お前の眼が霊界の明りに熟れっこになって了ったので、ここで調子が取れないのじゃ。明るいところを知らないものには斯んな所でもなかなか美しく見える。

『一たいこの夢幻境というのは物質界と非物質界との中間地帯で、何方の居住者に取りても、いくらか非実体的な、物足りない感じを与える。夢幻境を組織する所の原質も非常に変化性を帯びて居て、其所に出入するものの意志次第、気分次第で勝手にいろいろの形態を取る。永遠不朽の形は皆霊界の方に移り、ここに在る形は極度に気まぐれな、一時的のものばかりじゃ。──イヤしかし向うを見るがよい。地上からのお客さん達が少し見え出した。』

 成る程そういう間にも霊魂の群が此方をさして漂うて来る。後から後から矢継早にさっさと側を素通りにして行く。中には群を為さずに一人二人位でバラバラになって来るのもある。

 夢の中にここへ出掛けて来る地上の霊魂の外に、折々本物の幽界居住者も混って居ましたが、一と目見れば両者の区別はすぐ判るのでした。両者の一ばん著しい相違点は、地上に生きているものの霊魂に限り何れも背後に光の糸を引張って居ることで、それ等の糸は物質で出来た糸とは異って、いかに混っても縺れるということがない。平気で他の糸をつきぬけて行くのでした。

 モ一つ奇妙な特徴は彼等の多くが皆眼をつぶって、夢遊病者のように自分の前に両手を突き出して歩いて居ることでした。尤も中にはそんなのばかりもなく、両眼をかッと見開き、キョロキョロ誰かを捜す風情のもありました。時には又至極呑気な顔をして不思議な景色の中をうろつきながら、折ふし足をとどめて凝乎と景色に見とれるような連中も居ました。

 実にそれは雑駁をきわめた群衆で、男あり、女あり、老人あり、小供あり、又動物さえも居るのでした。一頭の猟犬などは兎の影を見つけると同時に韋駄天の如くにその後を追いかけました。


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。