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23 霊界からの伝言

2010/02/08

 叔父の言葉が杜絶たときにワアド氏は訊ねました。──

『叔父さん、この次ぎには何所へお連れくださいます?』

 叔父。『私の書斎へ連れて行ってお前をAさんに紹介しようと思うのじゃ。何んでもAさんはお前の躯を借りてMさんに通信したいことがあるというのじゃ。それが済むと今度は例の陸軍士官の話をきかねばならない。いよいよ地獄の実地経験譚をするそうナ……。』

 ワアド。『しかし叔父さん、私は霊界へ来て随分永居をしたようです。そろそろ自分の躯へ戻らないとカアリィが眼を覚まして私の気絶して居るところを見つけでもしますと大変です。』

 叔父。『ナニそんな心配は一切無用じゃ。お前は長時間霊界へ来て居るように考えているかも知れないが、地上の時間と霊界の時間との間には何等実際の関係はない。地上の時間にすれば、お前が躯を脱けてからまだやっと三十分間にしかならない。ゆっくり間に合うようにかえしてあげるから安心して居るが可い。』

 二人は大学の門を出ると右に折れ、とある拱をくぐって階段を登って行きました。それから一つの室に入りましたが、それは普通の大学の校舎によく見るのと同じようなもので、ただ暖炉の設備のないだけが異っていました。

 ワアド。『妙なことを伺いますが、あなた方も矢張り室の掃除などをなさいますか。若しするなら下僕が居ないとお困りで厶いましょう。』

 叔父。『霊界には塵芥もなければ又人工的の暖房装置もない。縦令寒いと思うことがあっても暖炉は使われない。それは霊界の寒暖が無論精神的のものであって物質的のものではないからじゃ。従ってここには下男の必要はない。掃除をすべき塵芥もなければ、調理すべき食物もない。お負けにわれわれは眠りもしない。一切の雑務雑用はわれわれの肉体と共に皆消滅して了っとる。──オオAさんがお出でじゃ。お前に紹介してあげる。』

 ワアド氏は極めてちっぱけな少年が入って来たのを見てびッくりしました。但しその肩には成人の頭だけがのッかって居るのです。尤も一寸法師のように頭部だけ不釣合に大きいのではなく、ただ髭が生えたり、ませた顔容をしたりして居るのでした。顔は赤味がかった丸顔で、鼻は末端の所が少々厚ぼッたく、頭髪は茶褐色を帯び、躯は不恰好なほどでもないが余程肥満して居る方でした。

 ワアド氏は初対面ではあるが、かねて叔父を通じてこの人の風評をきいて居たので、双方心置きなく話し込みました。

『実は』とAさんが言いました。『少々Mに伝言したいことがありますので、是非あなたにお目にかかりたいとLさんまで申入れて置いたのですが……』

『イヤお易い御用で』とワアド氏も愛想よく『私にできることなら何んなことでも致します。それはそうと一つ霊界に於けるあなたの御近況を伺おうでは厶いませんか?』

『ぼつぼつ行って居ますが何うも進歩が遅いので弱って居ます。御承知の通り生前私は精神的方面のことをそッちのけにして、物質的の享楽にばかり一生懸命耽って居たものです。それからいろいろの婦人関係──あんな事もあまり効益にもなっていませんでしたね。』

 斯んな軽口をたたいた後でAはワアド氏にある一の秘密の要件を依んだのですが、むろんそれは徳義上内容を発表することは能きません。用談が済むとAは直ちに二人に分れを告げて辞し去りました。

 Aの姿が消えると同時にワアド氏は叔父さんに向って言いました。──

『Aさんは顔だけ成人で躯はまるで小供で厶いますね。これは精神的方面を全然閑却して居た故でしょう。』

 叔父。『そうじゃ。──既にお前に説明してきかせてあるとおりわれわれの霊体は次第次第に発達するものじゃ。若しそれを地上生活中に発達させて置かないと霊界へ来てから発達させねばならない。』

 ワアド。『そうしますと、私は霊界へ来る時には矢張り私は霊体で来るのでしょうか?』

 叔父。『むろんそうじゃ。』

 ワアド。『そうしますと私の大さは何んなもので厶います? 非常に小さいのですか?』

 叔父。『イヤなかなか発達して居るよ。すッかり成人びて丁年ぐらいの大さになって居るよ。先ずそこいらが丁度いい所じゃろうナ。概して霊体の発達は肉体の発達よりも遅いもので、ドーかするとまるきり発達せぬのもあるナ。──オー陸軍士官が見えた。舞台が変って今度は地獄の物語じゃ……。』

 この陸軍士官の物語は別に纒めて発表されて居ります。


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。