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21 霊界の美術と建築

2010/02/05

 叔父。『これからモ少し他の方面のことをお前に紹介してあげよう。』と叔父は言葉をつづけました。『霊界にはいろいろの美術が栄え、又科学も発達して居るが、むろんその標準は地上よりもはるかに高い。先ず絵画から紹介することにしよう。』

 二人は極度に荘厳な、文芸復興期風の建物の前に立ちましたが、それは従来未だ曾て地上に出現した例のないものでした。

 叔父。『この建物は私と共同経営を行っているフランス人が設計したものじゃ。斯んな精巧をきわめたものはとても地上に建てることは能きないので、霊界に建てる事になったのじゃ。無論人間流に鋸や鉋を使って造ったものではない。それは思想そのままの形、換言すれば彼自身の精神の原料で造ったものなのじゃ。その点はモ些し先きへ行ってから詳しく説明することにしよう。』

 二人は建物の内部へ歩み入りましたが、それは地上の所謂展覧会に相当するもので、ただその配列法が地上のよりは遥かに行届いて居りました。

 ワアド。『絵画展覧会がある位なら、もちろん博物館などもございましょうナ?』

 叔父。『ないこともないがお前の期待するほど沢山はない。霊界では古代の物品を成るべく元の建物の中に蔵めることにしてある。例えばエジプトの椅子ならエジプトの宮殿に据えつけ、又宝石類ならそのもとの所有者又は製作人の身に帯けさせるの類じゃ。

『霊界で造った美術品は通常その製作者の所有になるが、ただ一部の美術品は最初からそれを公開する目的で製作にかかる。それ等がツマリ博物館に蔵まるのじゃ。又古代の物品で、品物は壊れたがそれを蔵ってあった建物がまだ地上に残存して居るのがある。そんな場合には右の品物を陳列する為めの小博物館が霊界に設けられる。

『とも角もよくこれ等の絵を観るがよい。斯んな高邁な思想はとても地上の美術家の頭脳にはうつらんので霊界に置いてあるのじゃ。が、それは寧ろ例外で霊界の美術家の大部分は自分の思想を地上の美術家に伝えようとして骨を折っている。』

 叔父さんからそう言われてワアド氏は絵画の方に注意を向けることになりましたが、成る程地上のものとは全く選を異にし、何とも名状し得ないところが沢山ありました。第一色彩がとび離れて美しく、しかもそれがすてきによく調和が取れて居て、お負けにその中から一種の光線が放散するのでした。又描かれた人物の容貌態度は画面から脱け出たように活々して居り、遠近のけじめもくっきりとして実景そのまま、若しそれ空気の色の出し方などの巧妙さ加減ときては真にふるいつきたいくらい。題材も亦きわめて豊富で、風景、肖像、劇画等何でも揃っている。──が、就中尤も興味ある傑作は、他に適当な用語がないから、しばらく『情の高鳴り』とでもいうべきものを取扱ったものでした。

 例えば其所に『神の愛』と題した一つの傑作がありました。ただ見る一人の天使──それが実に威あって猛からず、正義と同時に慈悲をつつめる、世にも驚くべき表情を湛えて、足下の人類の群を凝乎と見つめて居ました。ここに不可思議なるは右の人類の表現法で、それは二種類に描き分けられて居ました。即ち甲は肉体に包まれた地上の人々、乙は肉体を棄てた幽界の人々で、その間の区別がいかにもくッきりとして居り、しかも一人一人の容貌が、生きて居る人と同様にそれぞれ特色を有って居るのでした。

 が、何が美しいと云っても、この絵画の中で真に驚くべきは中心の大天使で、いかにも『神の愛』という標題にふさわしき空気がその一点一劃の中に瀰漫しきっているように見えるのでした。

 二人はしばらくそれを見物してからやがて会場を辞し、とある公園を通過して、他の展覧会へと入りました。

 叔父。『ここは彫刻の展覧会場じゃ。絵画や建築と同じく、大ていの連中は地上の人間に自分の思想を吹き込むようにして居るが、一部のものはそんなことをせずに自分の作品を此所へ陳列する……。』

 ワアド。『これ等の人物像は真実の大理石で出来て居るのですか? 何所から斯んなものを持って来るのでしょう?』

 叔父。『イヤ前にも言うとおり霊界では自分の精神の原料ですべてを造るのじゃ。大理石であろうが、青銅であろうが望み通りのものが勝手に出来る。早い話がこの銀像でも、製作者が銀が一番適当であると考えたので、この通り銀像になったのじゃ。』

 これ等の神品ばかり蒐めてある展覧会を幾つも幾つも見物してから最後に入って行ったのは一の公園でありました。それが又彫刻物の陳列の為めに設けられたもので、林間に巧みに配置された紀念碑類、細径の奥に沸々と珠玉を湧かす噴泉の数々、遠き眺め、なめらかな草原、千態万状の草、木、花、さては水の流れ、何ともはや美事なもので、就中水の巧みな応用ときては素的なもので、それが全体の風致を幾段も引き立たせて居りました。


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。