‘2010/02/04’ カテゴリーのアーカイブ

20 インスピレーション (下)

2010/02/04

 叔父さんの言う所にはなかなか油断のならぬ深味があると見て取ったワアド氏は尚お熱心に追究しました。──

 ワアド。『あなたは今インスピレーションの本源は霊界にあると仰ッしゃいましたが、それはただ文芸方面のものにかぎるのですか? それとも立派な大発明なども皆霊界から来るのでしょうか?』

 叔父。『むろん文学、美術、音楽等に限らず、機械類の発明なども大概は霊界から来るのじゃ。人間の方で受持つものはホンの一小部分で、言わば霊界の偉大なる思想を地上生活にうまく応用する丈の工夫に過ぎない。私は偉大なる思想が絶対に地上に於て発生せぬとは断言しまい。しかし私はそんな実例には一つも接しない。とに角めったにないものと思えばよかりそうじゃ。

『一体人間の頭脳は可なり鈍くて困るのじゃ。霊界からいかに卓絶した良い思想を送って見ても、どうかすると一番肝要な部分がさっぱり人間の頭脳に浸みなかったり、又飛んでもない勘違いをされたりして了う。霊界最高の大思想がその為めにポンチ化し、オモチャ化する場合が何れ丈あるか知れぬ。殊に人間は年齢をとると物質的になり易く、金満家になるとそれが一層ひどい。その結果月並な、下らない作品ばかりが地上に殖えて行くのじゃ。

『ドーじゃこの寺院の模型を見るがよい。実に見事なものではないか! 様式は文芸復興期のものであるが、従来地上に現われた何れの寺院よりも立派じゃろうがナ。但し私の相棒は暖房だの点灯だのの観念に欠しいので私は目下それ等の個所を修正中じゃ。何れにしても地上ではとてもこの真似は能きそうにもない。現代はいかにも俗悪きわまる時代なので霊界の思想は容易にそれに通じない。よし何人かの頭脳に通じて見たところで実行の機会はめったにない。美術家の頭脳に比べると金銭を出す連中の頭脳は一層俗悪じゃからナ………。中世時代に立派な建築物その他が出現した所以もここにある。中世の人間の方が余程物質かぶれがせず、従って霊界のインスピレーションに対して遥かに感受性を有って居たからである。』

 ワアド。『すると地上の人間は割合につまらないことになりますナ。偉大なる思想は悉く偉大なる霊魂からの受売に過ぎませんから……。』

 叔父。『ところがそれと正反対に、地上の人間の価値は却ってそこにある。偉大なる霊感に接し得ることは、つまりその人の能力が、文芸又は機械の方面に於て、異常に高邁であり、優秀であることの証拠である。それは決して軽視すべきことではない。ここに一人の不道徳で、そしてだらしのない人物があって、大概の事にかけては物質的であるように見えても、若しその人が何か一つでも霊界からのインスピレーションに触れてそれを具体化することが能るとすれば、その人はある程度まで霊能が発達しているものと見做さればなるまい。』

 ワアド。『しかし思想そのものが人間の頭脳の産物でなく、霊界の居住者から発るのでありますからあなた方がさっぱりその名誉に預からないというのはいささか不都合だとお思いなさいませんか?』

 叔父。『イヤ少しもそうは思わん。嫉妬だの何んだのという娑婆くさい考は地獄の入口に置いて来てあって、われわれの間にはそんなものは全然存在しない。私達はただ道楽で仕事をするので、財産も欲しくなければ名誉も要らない。自分の力でこんな立派なものを作り得たということですっかり満足して居る。他にモ一つの希望がありとすれば、それは地上の人達の手伝がしてやりたい位のものじゃ……。』


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


2010年2月
« 1月   3月 »
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。