33 通信部の解散

 つづいて一九一四年九月十四日の夜にもワアド氏は霊界の叔父さんを訪れました。叔父さんはモリィを相手に甚だ寂びしげな様子をして居ましたが、やがて叔父さんの方から言葉を切りました。──

 叔父。「この通信事業もいよいよ今日で一と先ず中止じゃ。私を扶けてくれた通信部隊も解散せられ、私一人だけが元の古巣に取り残されている。お前もその中東洋方面に出掛けることになるが、見聞をひろめることが能きて何より結構じゃ。旅行に就ての心配は一切無用、お前は安全に緬甸に到着する。

『こんな事情で、私は当分お前に面白い通信をやれないが、しかし月曜毎に必らず霊界へ来てもらいたい。一たん霊界の扉が開かれた以上、それが鎖まらぬように気をつけねばならぬ。その中私の方から必らず又新らしい通信を送ることにする。その通信の性質はまだちょっと判らぬが……。

『まァ行るだけの仕事をしっかり行るがよい。霊界から集めたいろいろの材料を適宜に分類して行けば可なり完備した霊界の物語が出来上るであろう。

『地獄、幽界、半信仰の境、信仰ありて実務の伴わざる境、それから実務と信仰との一致せる境──すべてに亙りて私の方から一と通り通信を起ってある。もッと上の界のことは私にも判らない。が、その中第五界の生活に関しては私は多少材料を手に入れ得る自信を有って居る。

『くれぐれも受合って置くが私の将来は活動と努力との連続である。最後の大審判の喇叭が鳴るまで常世の逸眠に耽るものと私のことを考えてくれては迷惑である。私は飽までもお前達と同様に活きた人間として向上の途を辿るが、ただ私はお前達と異って肉体の桎梏からは永久に脱却して居る。最早苦痛もなく、飲食慾もなく、又睡眠さえも不要である。全然日常の俗務俗情から離れて、心地よき環境に起臥し、自己の興味を感ずる一切の問題につきて充分の討究をつづけることが能きる。私には地上の何人にも期待し難き便宜と余裕とが与えられて居る。私は夢にもこの好機会を無益の懶眠に空費し、役にも立たぬ讃美歌三昧にひたり切るつもりはない。私は飽まで他の救済に尽瘁する。そうすることによりて一階又一階と次第に高きに就き、一日又一日と新たなる朋を作り、新たなる真理に接して、自己完成の素地を築いて行くつもりである。

『私はすでにある程度まで幸福である、満足である。物質界から脱れ得て真にうれしい。が、まだまだ絶対幸福の境涯に達して居らぬことはもちろんである。

「円満具足の境涯は前途尚お遼遠である。それに達する為めには一意専念、幾代かにわたりて精進力行、新たなる経験を積み、新たなる真理に目覚めて不断の向上を図って行かねばならぬ。

『それ故に、いつも私を仕事と娯楽とに忙殺されつつあるものと思ってもらえば間違はない。私のいわゆる仕事というのは一歩一歩私を向上せしむる信仰の道である。又いわゆる娯楽というのは地上の人達が仕事と考えている建築学その他である。

『ここに私は地上の人達……、私の挨拶を受け容れてくださる方々に謹んで敬意を表する。お前には毎週一度づつ必らず来て貰いたい。当分これでおさらばじゃ。この通信事業に従事してくれたKさんその他に対しては特にここでお礼を述べて置きます。』

 ワアド。『お乞暇をする前にちょっと伺いますが、目下Pさんやら、Aさんやら、又陸軍士官さんやらは、何うなすっておいでです?』

 叔父。『陸軍士官はモーしばらく練習を積んでから幽界に出動し、地上からぞろぞろ入って来る新参の霊魂達の救済に当ることになっている。イヤ血気盛りのものが急に勝手のわからぬ境涯へ投げ込まれたのであるから、それ等は大に救済の必要がある。しかし心配するには及ばぬ。救済の手は霊界からいくらでも延びる………。

『Pさんは又もや地獄の方へ手伝いに出掛けて行った。Aさんのみは私が昔居った学校で不相変簡単な日課を頭痛鉢巻で勉強している。』

 ワアド。『叔父さんは只今昔と仰ッしゃいましたが、地上の時間で数えるとあなたがお歿なりになってからたッた九ヶ月にしかなりません。』

 叔父。『全くナ………。が、霊界では、時間は仕事の分量で数えて、時日では数えない。それ故厳格にいえば、霊界に時間はないことになる。尤も地上に居ったとて、今年のように多忙な年は例年よりも長く感ずるに相違ない。今年の大晦日になると、お前はじめ世界中の人々は、こんな長い年はないなどと世迷言を言うじゃろう。しかし今日はこれで別れる。』

 ワアド氏は叔父さんに暇を告げて地上に戻りました。

 その後もワアド氏は約束通りしばしば霊界旅行を試み、その都度常に快感を以て迎えられましたが、しかし格別重要なる問題には触れず、単に家族への伝言とか、浮世噺とかを交換する位のものでした。叔父さんはその間も何やらしきりに深く研究を重ねつつあった模様でしたが、ワアド氏には何事も漏らしてはくれませんでした。

 が、ワアド氏がその戦歿せる愛弟の為めに叔父さんの援助を乞わねばならぬ重大時期がやがて到着しました。その援助は快く与えられ、それが動機となって、幽界の事情は手に取る如く明瞭に探窮さるることになりました。──が、それは後日の問題で、叔父さんによりて為されたる霊界生活の物語は一と先ずここで完結となるのであります。


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。