32 戦端開始

 一九一四年九月五日に現われた叔父さんからの通信。──

『私達は能る丈迅速にこの通信事業を完結すべき必要に迫られている。お前の病気の為めに時日を空費したことは殘念であるが、その間に幽界の方面が多少秩序を回復したのはせめてもの心やりじゃ。──と言って幽界は当分まだ混沌状態を脱しない。その反動が霊界の方面までもひびいて来ている。

『いうまでもなく戦争の為めに殪れたものの大部分は血気盛りの若者であるから、その落ちつく先きは皆幽界じゃ。目下幽界に入って来る霊魂の数は雲霞の如く、しかも大抵急死を遂げて居るので、何れも皆憎悪の念に燃ゆるものばかり、そのものすごい状態は実に想像に余りある。多くの者は自分の死の自覚さえもなく、周囲の状況が変化して居るのを見て、負傷の為めに一時頭脳が狂って居るのだ、位に考えている。

『が、霊界がこの戦争の為めに受くる影響は直接ではない。新たに死んだ人達を救うべく、力量のある者がそれぞれ召集令を受けて幽界の方面に出動することがこちらの仕事じゃ。すでに無数の義勇軍は幽界へ向けて進発した。目下はその大部分が霊界の上の二境からのみ選抜されているが、やがて私達の境涯からも出て行くに相違ない。

『私などはまだまだこの種の任務を遂行する力量に欠しいが、しかし召集令さえ下ったら無論出掛けて行かねばならぬ。しかし斯んな平和な生活を送った後で再び幽界の戦禍の中に埋もれるのは余り感心したこととも思われない。

『が、戦争の話はこれきりにして置くとしよう。私達は全力を挙げてこの通信を遂行せねばならぬ。お前の方でも多分能るだけ迅速にその発表に着手することと思う。むろん今すぐにとも行くまいが、しかしその中時期が到来するに相違ない。』

 叔父さんからの右の通信の中に、召集令さえかかったら無論幽界へ出掛けて行くとありますが、その召集令は約二年の後にかかりました。一九一六年五月初旬、ワアド氏の実弟レックス中尉が戦死を遂げると共に、ワアド氏は直ちに霊界の叔父さんを訪問して右の事実を物語りました。叔父さんは直ちに奮起して幽界に赴き、爾来百方レックスを助けて更に精細無比の幽界探検を遂行することになるのでありますが、それは別巻に纒められて心ある人士の讃歎の的となって居ります。


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。