28 霊界の動物 (下)

 モリィが来たので二人の動物談には一層油が乗って来ました。

 叔父。『ドーも動物は地上に居た時よりも霊界へ来てからの方が余程人間になついて来るようじゃ。兎に角理解がずっとよくなって、物質上の娯楽の不足をさほどに感じなくなる。

『お前も知っているとおり、霊界ではお互の思想がただ見ただけでよく判るが、動物に対してもその気味がある。ただ動物は人間ほどはっきり物事を考える力が欠しい悲しさに、思想の形がごちゃごちゃになり易い。むろん其能力が次第に向上はして来るが……。

『しかし動物の思想はせいぜい上等な部類でも極めて簡単ではある。今モリィはある事を考えて居るのじゃが、一つ試みにそれを当てて見るがいい。』

 ワアド。『私に判ますかしら……。』

 ワアド氏は一心不乱にモリィを見つめましたが、最初の間は何も判りませんでした。

 ワアド。『ドーも何も見えませんナ。格別何も考えては居ないと思いますが……。』

 叔父。『イヤ犬にしては大へん真面目に考え込んでいる。それが判っているから私がお前にきいて見たのじゃ。お前はまだ練習をせぬから判らないのも無理はないが、モ一度試して見るが可い。頭脳の内部から一切の雑念を棄てて了ってモリィのみを考えつめるのじゃ。お前の視力をモリィの鼻の尖端に集めて……。』

 ワアド。『鼻の尖端ですか……。』

 ワアド氏は覚えず噴飯して了いましたが、兎も角も叔父さんの命令どおりそうやって見ました。すると忽ち室全体が消え失せてモリィの姿までが見えなくなり、その代りに一種の光線が現われて、やがて一つの絵になりました。

 よくよくその絵を凝視すると、ワアド夫人のカアリィがボートを漕いで、モリィは舳先に坐って居る。やがてボートは艇庫から河面にすべり出て、白色の運動服を着たカアリィがしきりに橈を操る。他には誰も乗って居ない。

 しばらくしてその光景が一変した。今度はモリィもカアリィもボートから上陸って河岸の公園に休んでいる。カアリィが紅茶をすする間にモリィは地面に腹這になって投げ与えられた一片の菓子を噛っている。

 すると突然叔父さんが言葉を挿みました。──

『ドーじゃ今度はモリィの考えて居ることが判ったじゃろうが……。』

 ワアド。『よく判りました。が、その事が何うして叔父さんにお判りになります?』

 叔父。『私にはお前の思想もモリィの思想もどちらもよく見えているのじゃ。霊界のものは他人の胸中を洞察ことが皆上手じゃ。

『兎に角こんな塩梅で動物が人間と一緒に住んで居れば居るほどだんだん能力が発達して来る。只今モリィが考えて居たことなども可なり複雑ったものではないか。大ていの動物はせいぜい元仕えた主人の顔を想い出す位のものじゃ。

『悧巧な動物が死後何の辺まで人間と共に向上し得るものかはまだ私にも判らない。しかし霊界の方が地上よりも動物に取りて発達の見込が多いことだけは明瞭じゃと思う。むろん動物は地上に居る時でもある程度読心術式に人間の思想を汲みとることができぬではない。しかし怒っているとか、可愛がっているとか、ごく大ざッぱなことのみに限られて居り、しかも大ていの場合には人間の無意識の挙動に助けられている。

『今晩の話はこの辺でとめて置きたいと思うが、どこかにモ些し説明を要する個所があるならむろん幾らでも質問して差支ない。』

 ワアド。『では序でに伺いますが、私と叔父さんとは今いかなる方法で思想の交換を行って居るので厶います? 外観ではあたりまえに談話を交えて居るように見えますが……。』

 叔父。『むろん精神感応じゃ。人間は談話の習慣を有っているのですぐに思想を言葉に飜訳するが、決して私達は実際に言語を交えて居る訳ではない。試みにお前がフランス人とでも通信をやって見ればすぐ判る。フランス人の耳にはフランス語で聞え、お前の耳には英語できこえる。

『われわれが地上界へ降りて霊媒の躯を借りて通信する時にわれわれは初めて実際の言葉を使用する必要が起ってくる。その際速成式に外国語を覚える方法もあって、余り六ヶ敷い仕事ではないが、その説明は他日にゆずることに致そう。

『われわれはお互の思想を感識することができると同時に今度は之を形にかえることも能きる。その原則は何ちらも同一で、ともに読心術に関係したものじゃが、判り易い為めに後者を霊視の方に附属させ、前者を読心術の方に附属させるのがよかりそうじゃ。通信をやるには何ちらを使用してもかまわないが、しかし人間には読心術の方が幾らか容易しい。

『所が、動物となるとドーも霊視法にかぎるようじゃ。これは動物が地上生活中に談話をしたことがなかった故じゃと思う。しかし言うまでもなく、此等二つの方法はときどきごっちゃになってはっきりした区別がない。例えばお前が陸軍士官の物語をきいて居る時に、その言葉が耳に入ると同時にその実況が眼に映るようなものじゃ。』

 この説明が終ってからワアド氏は陸軍士官に会ってその閲歴をきかされたのですが、それは別にまとめてあります。


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。