8 叔父の臨終 (上)

 前の通信に於て約束されたとおり、この自動書記は同夜午後八時に始まり、叔父さんは、自分自身の臨終の模様並に帰幽後の第一印象といったようなものを極めて率直に、又頗る巧妙に語り出しました。『死とは何ぞや。』『死後人間は何所に行くか。』──これ等の痛切なる質問に対して満足すべき解答を与え、有力な参考になるものはひとり帰幽せる霊魂の体験譚のみで、そうでないものは、西洋に行ったことのない人達の西洋物語と同様、いかに巧妙でもさしたる価値は認められません。叔父さんの霊界通信はこの辺からそろそろその真価を発揮してまいります。──

『それでは約束どおり、私自身の臨終の体験を物語ることにしましょう。私は最初全く意識を失って居た。それがしばらく過ぎると少し回復して来た……。イヤ回復したような気持がした。頭脳が妙にはッきりして近年にない気分なのじゃ。が、何ういうものか躯が重くてしょうがない。すると其重みが次第次第に失せて来た……。イヤただ失せるというのではなく、寧ろ私が躯の重みの中から脱け出るような気分……。丁度濡手袋から手首を引ッ張り出すような塩梅になったのじゃ。やがて躯の一端が急に軽くなり、眼も大へんきいて来た。

『さッきまではさッぱり判らなかった室内の模様だの、室に集まっている人達の様子だのが再び見え出したナと思った瞬間、俄然として私は自由自在の身になって了った! 見よ自分の躯は寝台の上に横臥し、そして何やら光線の紐らしいものを口から吐いて居るではないか! と、その紐は一瞬間ビリビリと振動して、やがてプッリ! と切れて口から外方へ消え去ってしまった。

「いよいよこれが臨終で御座います……」──誰やらが、そんなことを泣きながら言った。私はこの時初めて自分の死顔なるものをはッきりと見たが、イヤ平生鏡で見慣れている顔とは何という相違であったろう! あれが果して自分かしら……。私は実際自分で自分の眼を疑いました。

『が、そうしている中にもひしひしと感ぜらるるのは、何とも名状すべくもあらぬ烈しい烈しい寒さであった。イヤその時の寒さと云ったら今想い出してもぞっとする!』

 例によりて友人のK氏並に他の人達が、ワアド氏の自動書記の状況を監視して居たのでありますが、この辺の数行を書きつつあった間に、ワアド氏の総身は寒さに戦慄き、傍で見るのも気の毒でたまらなかったといいます。

 自動書記は尚おつづきました。

『全くそれは骨身に滲る寒さで、とてもその感じを口や筆で伝えることは能きない。何が冷たいと云っても人間界にはそれに比較すべきものがない。私は独り法師の全裸体、あたためてくれる人もなければまた暖まるべき材料もない。ブルブルガタガタ! イヤその間の長かったこと、まるで何代かに亙るように感ぜられた。

『と、俄かにその寒さがいくらか凌ぎよくなって来た。そして気がついて見ると誰やら私の傍に立っている……。イヤ私にはとてもこの光彩陸離たる御方の姿を描き出す力量はない。その時は一切夢中で、頓と見当も何もつかなかったが、その後絶えずその御方のお侶伴をしているので、今では少しは判って来た……。イヤ今でも本当に判って居はしない。その御方の姿は時々刻々に変る。よッぽどよくつきとめたつもりでも、次ぎの瞬間にはモーそれが変って了っていてつかまえどころがない。かすかに閃く。パッと輝く。キラリと光る。お召物も、お顔も、お躯も言わば火じゃ、火のかたまりじゃ。イヤ火ではない、光じゃ………。イヤ光と云ってもはッきりはしない。しかも一切の色彩がその中に籠っている。──霊界で私を護っていてくださるのはこんな立派な御方じゃ!』


底本:「死後の世界」 潮文社

J.S.M.ワード(John Sebastian Marlowe Ward)著

浅野和三郎訳

発行: 1995(平成7)年4月20日発行

底本の親本は嵩山房刊 1924(大正14)年12月発行

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字表記をあらためました。

※ 底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※ 底本で使われている「面区点2-12-11 (U+2231E)」]の文字は、辞書によっては異体字として扱われていない「廻」で置き換えています。

※ PHP化に際して、底本中の傍点表記を、下線表記に、白丸傍点表記を、斜字に置き換えました。また、底本中のルビは割愛しました。

※ ルビ付き版はこちらです。


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小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。