「人は死なぬ」 (その一)

「人は死なぬ」(その一)

ルビ付版

――フロレンスマリアット女史の記録から――

粕川 章子

   はしがき

 日本の心霊現象は欧米と比べると神通現象に傾いて物理的現象は従来著しく少ない様に思われる。この物理的心霊現象の一つである物質化現象即ち幽霊現象の体験を極めて現実的に描写してある英国フロレンス・マリアット女史の著書「ゼア・イズ・ノー・デッス」(人は死なぬ)等は確に日本の心霊研究家にとって手近に獲難い多くの参考資料を提供している。此書は主に物質化現象を取扱ったものであるが、其以外に自動書記、霊言、霊耳其他の心霊現象にも及ぼして居る。然し此処には主として女史が他に挺んでて恵まれた条件の下に、各種の交霊会に於て、数多の有力な霊媒を通じて生前の肉体に立戻った多くの霊を、親しく其肉眼に見其手足で触れる事の出来た、其時々の状況を此書の中から抄訳する事にした。

 マリアット女史は著名な作家であり、其文芸的作品は多くの愛読者を有って居る。旧教信徒である此人は先天的に霊媒的素質を具えて居たと見え、幼時より屡ば暗中に幽霊の姿を見たとの事である。女史の父キャプテン・マリアットも亦海事小説家として天下に雷名を馳せた人であり、心霊的傾向を帯びた人の如く思われる。文筆の人とし芸術家として秀でた才能を有したマリアット女史が一面心霊研究家として勝れた体験をする事の出来たのも此等の素因に依る処があるのであろう。

 此書は今より約十年前西暦一千九百十七年に初めて出版されたものであるが、女史の最初の交霊会は一千八百七十三年(明治六年)であって、爾後の経験が年を追うて記述されて居る、記事の精確と内容の充実と相俟ちてたしかに斯界有数の好著たるを失わない。

   最初の交霊会

 千八百七十三年の二月クレセントにあるフイリップ嬢の家で数名の人が集った時、私はモーニングポスト紙のダンフィ氏に紹介された。此の時此の人の口から交霊会に関する話が出たので、度々斯うした話を聞いて、幽霊現象に興味を持て居た私は、若しこの現象が明るい処で行われるなら信じられるがといった。氏は私の此の要求に対して御誂え向の霊媒が丁度其時米国から来て居ると云って、当時クベック通りに宿を取って居たホームス夫人の名を知らしてくれた。

 運よく其翌日がホームス夫人交霊会の公開日であったので、丁度自分の家に泊り合せて居た親友カッドリップ夫人と二人連れで其の日の夕刻から出かけた。私達は勿論匿名で行ったので、二人共指環を外して未婚者の如く装い、テーラー及びターナーと仮名して訪ずれた。未知の人であるため或は懐疑論者かという疑いをかけられたと見え、私達は寧ろ冷かに迎えられた。積雪の上を吹き捲くる風の寒い夜であった故か、九時を打っても二人の他に来会者は無く、ホームス夫人から嚴寒は物質化現象に不利なる故会費(拾シルリング)は返すから交霊会は中止したしと断られたが、交渉の末当夜は多分失敗に終るべしとの前提の下に漸く会を開く事となった。

 最初に準備として私達は暫らく灯火を消した暗闇の中に座ったが、其間は何の現象も起らなかった。再び瓦斯に火を点じて真物の交霊会が始まった。

 会場は開き戸で仕切られた二つの小室で、私達二人は云われる通りに奥の方の部屋に入って後の戸口を閉め、其上封印を施し、窓を調べ、鎧戸には内から鍵を掛けて内外の出入を防ぎ、且つ其室内に何等異状の無い事を見届けてから前方の部屋に戻り、其開さ戸の前にホームス氏及同夫人、私達二人の四人が一列に腰を下した。此の開け放たれた戸口の前面には両端の壁から壁へと真黒なキャラコの布を張り、其中央に丁度窓口位の大さの四角な孔があけてあった。霊の顔は此の明き口に出るという事であった。

 歌も歌わず、物音もせず、隣室の出来事は衣摺の音でも聞える程四辺は静かであった。ホームス氏夫妻から種々な経験咄しを聴きながら霊の出現を待つ私達が殆んど待飽んだ頃、何やら白っぽい煙草の薄い煙か陽炎の如きものが現われたと思うと直ぐに消え失せた。

 「やっと来ましたよ、今夜はもう駄目かと思いました」とホームス夫人は喜んだ。私と友達は熱心に注目し始めた。

 その白い煙の様な塊は幾度か出たり引込んだりした後、最後に孔の前に落着き、真中から二つに割れたと思うと其の黒い幕の上にまた二人の婦人の顔が判然と現われた。此の霊は其処へ同道した友人のアニーの母トムンン夫人であったのである。生前親しかったので一目でそれと解った。ひどく感激したアニーは途切れ途切れの言葉で話しかけたが、霊は口がきけぬと見え、首を横に振ったり頷いたりする事によって漸く返答をするのみであった。

 何とも言えぬ嚴粛な気持ちで此の光景を眺めていた私にとってただ一っ不思議に思われた事は、其の霊が今迄に見た事のない白いレースの帽子を頭から顔の周囲にぴたりと被っていた事であった。私が返事をアニーに囁くと彼女は答えた。――

「御母さんを葬る時にあの帽子をきせてあげましたの」アニーが別れを惜しむために其の母は暫らく引止められた。次に現われた霊も矢張りアニーと親交のあったキャプテン・ゴードンという人であった。

 名前は聞いた事はあるが生前に逢った事もないこの人に対して何の興味も湧かなかった私は、アニーが熱心に昔の物語りをしている間、その美しい青年の顔を眺めて首を動かす度毎に確かに伸び縮みをする喉の筋肉に気を奪われていたが、彼が不意に首を前に下げた時、左の顳?《こめかみ》の処に髪の毛の間から黒血の塊様のものが見えた。

 此の人が変死をしたという事は聞いていたので、私は尋ねた。

「アニーさん、キャプテン・ゴードンはどうして死なれましたか」

「汽車から落ちてレールに頭を打ちつけましたの」その血は其時の傷であった。

 それから種々な顔が出て来たが、皆自分の知らない人計りであった。最後に頭髪の縮れた?髯《あごひげ》を生した帽子を被った紳士の顔が現われた。

 この人は私を知ていると見え、頻りに自分の方を向いて御辞儀をするのだが、前に現われた霊とちがいこの霊は血の気の無い石膏細工の様な顔をしているために、いくら見るも誰れであるか考えがつかず当惑した。困り抜いた私の様子が可笑しかったか、霊がにっこり微笑んだ瞬間、すぐ昔の親友ジョン・ポールスだと解った。

 「ポールス」と呼んで思わず飛びつこうとした時、其姿は消えた。

 自分はこの突飛な動作を後悔して、それから熱心に再び出て来る様にと祈ったが、ポールスの顔は其夜再び戻らなかった。

 アニーの母とその友キャプテン・ゴードンは何度も現われた。其青年は幾度か呼び戻されている中にだんだんと力が尽き、遂に水彩画でも見る様に薄い影となってしまった。

 其夜一番最終に一人の少女の顔が出た。眼と鼻が見える丈で頭から頬へかけてモスリンの如き白い薄い被物をしていた。誰も其少女を知らなかったので、ホームス夫人は誰れのために来たかと訊いた処が、私のために現われたという風をする。いくら考えても解らない。霊の方では私を知ている様である。ホームス夫人はいった。

「あなたは何か思い違いをしているのではありませんか、だれもあなたの知人は此処にいませんよ」

 其の女の子は如何にも落胆した、残り惜しそうな表情をしながら消えたが、又一寸隅の方から私の方をさも懐しげに覗くのであった。

 後から解った事であるが、此の少女は、生れ落ちて僅か十日目に死んだフロレンスと呼ぶ私の娘であったのである。此時は既に成長して十才位の小児に見えたので、それと見別けがつかなかったのであるが、此の後度々交霊会で逢う様になり総てが明白になった。同夜私に現われた今一人の霊ポールスとも此れを始めに親しく相語る機会を屡ば与えられる様になった。

 此日の交霊会はこれで終り、私達二人が暇を告げた時ホームス夫人は云った。

「あなた方御二人とも霊媒的天分を非常に多くお持ちの様ですね、今迄始めての方と催した会が、こんなに成功した事は決してありませんでした」

 此の言葉は私を少からず励ました。殊に初めての試みに失敗もせず、貴重な体験を獲た事は私を熱心な心霊研究者とならしむるに充分であったのである。

   ジョン・ポールス

 一千八百六十年に印度で客死した英国青年士官ジョン・ポールスは、私の最初の夫ロスチャーチの親友で私達と同じ家に住んだ事もあり、兄弟の如き間柄であった。其の当時年も若く且つ非常に神経質であった自分は物事に怯え易く、幽霊などは話を聞くさえ怖しく思われたに拘らず、一面他界の事が頻りに気に掛り、常にポールスと霊界の事につき議論を戦わしたものである。ポールスは宗教心もなく、物事に極めて無頓着な人ではあったが、不思議と此種の問題には私と同じく興味を有っていた。其頃ポールスは全く健康体であったが、ある時私に向い、自分は三十歳以前にあなたに先立って死ぬに相違ないから、出来たら死後にあなたの処に現われると云うのであった。私は斯うした約束を果した人は未だ嘗て無いと之を一笑に附したものである。其れが有り得べき事で無いと思ったからではない。ただそんな事は自分自身に起ろうとは夢にも考えられなかったからで、又万一起ったとしても幽霊に逢うなどという物凄い体験に打ち勝って生き続けて行かれ様とは思われなかったのである。

 ポールスの死因となった病気は平素から患って居たものではあるが、床に就くほど悪くなったのは死の前僅か二三日の事であった。急変の知らせを受けて夫と共にポールスの病床に馳附けた時、私の姿を見るや否や彼は云った。

「いよいよ時機が到来しましたよ、僕が云った事を覚えて下さい」

 それ限り彼はもう口をきかず、ただ私の着物の端をしっかりと握ったまま数時間が経った。斯うして彼の死床に附き添っていた間、私は望まれるがままに彼の愛誦した歌「君は消えて見えずなりき」を何度も繰り返し歌った。

 私達夫婦の親友であったポールスの死及其死際の状態から受けた打撃のために私は全く健康を害して英国に帰る様に医者から勧告された。帰国に先立ちポールスの形見として彼の愛用した緑色のネクタイを貰い受けた。此のネクタイは私が二度も染め直して彼を喜ばしたものであった。当時肉体的に異状のあった自分は帰りの長い航海中随分と悩んだものである。船中でポールスの約束が気になるので暗中寝らずに彼を求めた夜も何度かあったが、遂に何者をも見ず、一つの物音をも聞く事は不可能であった。英国上陸後十日程経ってから私は女児を分娩した。そして産後の疲労が回復して心身が旧に復した時、不思議にもポールスの姿も見えず、声も聞えぬにも係らず確しかに彼が傍に居る事を直感する様になった。若し此の現象が身体が衰え神経が異常に過敏に成って居た妊娠中に起ったとすれば医者は直ちに之を病的症状と呼ぶに違いない。夜になると彼が寝床の側に座している様に感じられ、眠られぬ事も屡ばあった。斯うした場合にどうかして話をしたいものと思うのであるが、耳許近く幽かな音でも響き出すとすぐ怖気のつく私は、キャッと叫んで部屋を飛び出すという始末で、遂には恐ろしさに独り居る事すら出来なくなった。その後賑やかな処に住居を移したりしても見たが、ポールスが常に自分の身辺近くに居るという感は去らず、此の体験は数年の後私が心霊現象を純科学的立場から研究する様になる迄絶えず続いた。此間彼は私の試みた自動書記に屡ば通信を寄せた。又私の最初の交霊会に姿を見せたのも彼であった。

 私が心霊研究者である事が知れ渡った時、私はシャワーズ大将の令嬢を知る機会を得た。シャワーズ嬢は僅か十六歳の少女で、どの様な試験にも喜んで応じたが、其の霊能を公開する事なく、ただ自己の求めに応じて実験をするのみであり、従って其処に疑惑を挾む余地は少しもないのであった。

 シャワーズ嬢との最初の会合には霊の顔を出すというので、彼女は窓掛の後に座した。此窓掛は下端を両側から絞り寄せて上方を扇形に開けてあった。間もなくピーターと呼ぶ彼女の主守護霊が出て来て窓掛の中から霊媒である彼女並に私達と会話を始めた。此霊は其窓掛の開口から順々に現われる霊について説明をするのであった。

「ロスチャーチさん、ポールスという人が来て、貴方に話を仕度がってますが、どうも生前通りの顔になれないから出られないと云っています」

「どんな顔をしても構いませんから出る様に話して下さい。私にはきっと解りますよ」

「少しでも似ているとすれば、定めし好男子だったに相違ありませんな」

 ピーターの言が終らぬ中に一つの唇が浮び出たが、いくら贔負眼に見ても旧友ポールスに似通った処は見出されぬ。その顔は硬直して、人の貌とは思えない程であった。

 其顔が消えた後、ピーターは私に向って云った――

「貴方が度々ローシーさん(シャワーズ嬢)の処に来て下されば、だんだん顔も似せられるのだがとポールスは云ってました」

 勿論私は彼の申出を承諾した。ポールスを私に現わしたこのシャワーズ嬢は私の印度に於ける経験は少しも知らなかったのである。

 彼女と次回の会合の際には私は娘二人を同伴した。ふと思い附いたのでその際私は小児達には内密でポールスの死んだ時に形見として貰受けてあった緑色のネクタイを懐に忍ばせて行った。処が会が始まるやピーターの声がして

 「さあロスチャーチさん、其のネクタイを御渡しなさい、ポールスが出懸ってますから」

 「どのネクタイの事ですか」

 「あなたの懐にある、ポールスのネクタイですよ、首に掛けて欲しいと云っていますからね」

 私がネクタイを取出すのを見て皆は不審に思った様であった。ポールスの姿が現われた。前の時とは全く異り、目鼻立も顔色も生前通りであったが、赤鳶色であった彼の頭髪や髯が燐光を発して燃えて居るかの如く見えた。手が届く様に障子の上へ乗って彼の襟元へネクタイを結附けた時、私は接吻をしてくれる様に頼んだが、首を振って応じなかった。「手を御出しなさい」とピーターに云われて私は手を延ばした。彼が私の手の甲に接吻した時、其唇は火の様に熱く感じられた。私はただ事実を記すのみで、説明を与える事は不可能ですが彼は其のネクタイをしたまま消え去って再び戻らず、その小さな室内をいくら探し求めてもそのネクタイを見出す事は出来なかったのである。

 其次にシャワーズ嬢によって起った心霊現象は容易に信じ得ぬ程の甚だしいものであった。ある日、ネビールという人の家で晩餐後其家でシャワーズ嬢の交霊会を催す事になり、私は食卓で彼女の隣に居たが、其夜彼女の母が外泊するため、夜独り寝る事は霊が出て来て恐ろしいと云うのを聞き、私は私の家に泊る様すすめた。


底本: 雑誌 「心霊と人生」 第五巻第四号

発行: 1927(昭和3)年4月1日 心霊科学研究会

※ 青空文庫の「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に準拠して、底本の旧字表記をあらためました。

※ 訳者・粕川章子氏の著作権は残存していますが、当サイトは御遺族の許可を得て公開しています。

※ 入力:いさお      2009年3月29日

※ 公開:新かな版    2009年5月2日

心霊図書館>雑誌総合案内> 「心霊と人生・第五巻」

心霊図書館: 連絡先

コメントは受け付けていません。

2009年12月
    1月 »
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  
小桜姫物語について

「小桜姫物語」の再編集完了。

1、ルビなしのPHP化により携帯電話での表示が可能になり、キーワード検索が容易になりました。
2、HTML版は、従来誤字の修正点が未掲載だったものをバルーンヘルプにて誤字の修正点が解るようにし、底本の状態に近づけました。
3、CSSを変更して、HTMLのルビが、IE以外のブラウザでも表示出来るようにしました。

 今後、他のページも同様に再編集して行きます。

次は「新樹の通信」の再編集を行ないますが、9月1日から9月10日まで、私事多忙につき更新おやすみ。